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休まらない昼休み
出荷準備を終えて、昼休みがやってきた。
どこで昼食を取るかは個々の判断に委ねられる。
外食でも、車内でも、外でも、工場内でも。
この近辺には飲食店どころかコンビニすら見当たらない。今の時期は真冬のため、暖房器具がない部屋など言語道断。
必然的に大多数が利用する会議室でお昼を過ごすようになって、はや三日目。
私は早くも、この昼休みが憂鬱になっていた。
「部長超うざい」
「何かと他国を引き合いに出してね。ほら帰国後に日本は遅れてるとか調子に乗る奴多いじゃない。向こうから帰ってこなきゃいいのに」
「向こうじゃアジア人の扱いはたかが知れてるよ。相手されないからのこのこ帰って、視野が狭いわってマウント取ろうとしてんだわ」
どうして私ゃ、おばはん同士の愚痴り大会に巻き込まれているんでしょうね。
私の前方には、事務員の狭山さんと現場担当の川角さんが座っていた。初日に誘われて、それからなんとなく囲むようになった。
今ここにいない本庄さんを除けば、女性社員はこれで全員。
学生時代、お昼のメンバーががっちり固まってて輪から外れられない空気あったけどさ。
まさか社会人になってからも味わうとは思わなかったよ。おかげで仕出し弁当の味がしねえ。
でも、現場の人とのコミュニケーションはこういうときくらいしか取れないしなあ。
特に女性相手だと波風立てたくない。後々面倒なことになるし。
「あの人たまに寝てるからね。こっそり通販サイト巡ってるのも見えてんだから」
「それ給料泥棒じゃん。早く辞めてほしいわ」
愚痴を適当に聞き流しつつ、黙々と弁当を胃に納めることに集中する。
「上里さんも注意したほうがいいよ。あの人」
狭山さんが急に小声で耳打ちしてきたので、誰かが至近距離に来ることに慣れていない私は割り箸を落としそうになる。
あの人。
言うまでもなく、部長のこと。
「注意、ですか」
こういった意見には否定も肯定もせず、復唱するのが一番いい。この場にいるのは私たちだけではないから。
そもそも職場で堂々と陰口言うのがリスキーすぎんだけどさ。
他の社員が部長と繋がってて、告げ口するかもしれないのに。
「もっともらしいこと言ってるけど、あの人来てからなんも成果上げてないから。口ばっかりで。若い子にカッコつけたいだけなの」
「そ、そうだったんですね……」
仲間意識を植え付けさせようとしているのか。共通の敵がいると人間の結束力は強まるものだから。
まだ入社して日が浅い私を、引き込もうとしているのは感じ取れた。
誰かの敵は誰かの味方。
他人の裏表は大抵、裏を見た時点で『でもあの人ああいう一面あるしなあ』と悪印象がつきまとう羽目になる。
やだなあ。誰かの刷り込まれたイメージで、人を敵か味方かって区別したくないんだけど。
私は同調するようにへぇぇと相槌を打って、狭山さんに壁を作りかけていることに口角が強張っていく。
だめだめ、誰だって好きな人と嫌いな人くらいいるんだから。
「上里さんって、お子さんいくつ?」
返答に困っている私に配慮したのか、川角さんが話題を変えてきた。
せめてご結婚されてますかあたりまで遡ろうや。
「いえ、恥ずかしながら独り身です」
「そうなんだ? ごめんね」
「恥ずかしがることじゃないよ。私もこの歳でそうなので……」
狭山さん、そうだったんだ。だから何としか思わないけど。
結婚してるから人間的に上、なんて価値観は廃れたからね。
とりあえず笑って流して箸を進めてるんだけど、この弁当結構量が多い。
ペースが落ちてきた。野菜多めで、味は悪くないんだけど。
「あれ、調子悪いの? 減ってないね」
川角さんが心配そうに声をかけてきたけど、そうやって気にかけられると食欲はますますしぼんでいく。
……だめだ喉が塞がってきた。これ以上は受け付けませんとシャッターを降ろすように。
そいや私、他人と外食行くのも最近は発作出るようになったんだよな。会食恐怖ってやつ。
昨日おとといと平気だったのは、自分で食える量の弁当を持ってきたからで。
「……みたいですね。すみません。残りは家で頂きます」
「無理はしちゃダメだよ」
明日からは手作り弁当に戻ろう。
弁当の容器は洗って朝置いておけばいいということで、私はそそくさと更衣室に向かった。これは夕飯の代わりでいいか。
ロッカーに弁当箱を置いて、私は薄暗い廊下をなんとなく歩き回っていた。
更衣室でじっとしててもよかったんだけど、あそこは暖房ついてないから寒いし。
発作が出始めたときは、とにかく考えることをやめない。集中して自問自答を続けていく。ようは気を紛らわすってこと。
階段の踊り場で立ち止まって、湧き始めた罪悪感の正体を探っていく。
はあ。
コミュニケーションのためとはいえ、お昼くらい一人でゆっくりしてえわ。
男性社員はバラバラに飯食ってるのに。私も孤独にグルメりたいよ。
……相手は悪くないのに、やっぱり線引きしちゃうな。
向こうは仲良くしましょうと歩み寄ってくれているんだろうけど、年が離れているとどうしても対等には見れない。
年の差恋愛、年の差婚とはよく聞くけど。
年の差友情なんて単語は聞いたこともない。顔も性別も年齢も分からないネット上はまだしも。
本庄さんとすら、たかが2歳差・されど2歳差と気にしてしまうのに。
社会人になればいっそう、友達を作ることは難しくなる。
つい最近、高校時代からの友人と敬遠になった私が言えることではないが。
昼休み終了までは残り15分を切ったけど、再び会議室に戻るのは気が引けた。
もう事務所に戻ってメモでも読み返してるかと、作業場を横切った矢先。
「(……ん?)」
人の背中が見えたので、こっそり後ずさる。
首を傾け室内を覗き込むと、見知った茶髪が目に飛び込んできた。
本庄さん? こんなところで何してるんだ?
昼食の途中だったらそのまま通り過ぎてただろうけど、彼女はよく見るとスケッチブックを抱えている。
しゃっしゃとシャーペンを走らせる音も聞こえる。
何を描いているのか気になって、目を凝らす。
傍から見れば完全に不審者だけど、単なる風景のスケッチじゃなかったことに私は完全に興味を惹かれていた。
え、ええ? あの本庄さんが?
視界に入ってきたのは、人の絵。
それも二次元寄り、かつ美少女系統の絵柄だ。
どうしよう。すごく見てみたい。
ああいった絵柄で描けるということは、少なからずその手の界隈に詳しいってことだよね。
身近にオタクの同性はいてもほとんどは女性向けのジャンルで、私の好みはキモオタ無理と忌み嫌われることが多かった。
話し相手なんぞ、匿名掲示板にしかいなかった。
そこでも女バレするといろいろ厄介なので、私は男のフリをして紛れ込んでいた。
目の前の人物と話が合うかもしれないという希望に、踏み込みたいという好奇心が膨れ上がってくる。
が、もしかしなくても彼女は会社の人間には知られたくないだろう。
よし、やめた。
私は隠れるように身を引いた。
こういうことは、もっと仲が深まってから切り出そう。
同志を見つけたと勝手に舞い上がって勝手に距離を詰めたがるのは、オタクの悪い癖だ。
まだ入社3日目なんだから。
いけねいけねと心身を落ち着かせて、私はその場を後にした。
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