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カミカミエヴリナイト◆
商店街の一角。おつかいメモを片手に、小さな八百屋に入店する。
ちなみに毬子さんは、生理用品と鎮痛剤の補充のため向かいのドラッグストアで買い物中だ。
「いらっしゃいませー」
中からはひとりの若い女性が出迎えてくれた。
かつての部活の後輩であり、もうじき一児の母となる子。
「神川さん、久しぶり。体調の方はどう?」
「安定期に入ったんでもりもり食べてますよー。健診で体重増えすぎって言われたんで、毎食茹で野菜を入れるようにしましたが……」
つわり期間が重くて長かったらしく、明けてそれまでの鬱憤を晴らすように外食三昧になってしまったらしい。
それでも言われないと妊婦とは分からないくらいだ。案外、着る服次第でお腹は目立たなくできるもんなんだね。
「今日は何をお買い上げで?」
「にんじんと玉ねぎ。今がお買い得って聞いたから、ハヤシライスにしちゃおうかなと」
「そうですね。主産地の生育が順調だったから、出荷数も平年以上で。去年より若干お安くお求めいただけますよ」
メモに記されたリストの買い物が終わったところで、後輩が軽く雑談を振ってきた。
「にしてもまさか、先輩が本庄さんと付き合ってるだなんて信じられませんね」
「こっちも今カノの元カノが後輩だなんて思いもしなかったよ」
複雑な共通点に、2人揃って吹き出す。
初めて毬子さんとここに入ったときは後輩が勤めていることを忘れていて、プチ修羅場になりかけた。
神川さんからは先輩やっぱ女好きだったんですねと驚かれるし、毬子さんからは女好きってどういうことと問い詰められるし。
私もどこで後輩ナンパしたんですかと問い詰めた。
隠していても、いつかはバレるものなんですね。
「でも、本気なんですね。先輩。安心しました」
自分では毬子さんの本気に応えられなかったからと、神川さんは後ろめたそうに小声になる。
お金と興味本位で毬子さんと関係を持ったものの、一生を添い遂げる覚悟はできなかったからと。
以前お茶したときに、セクははっきりしておいたほうがいいと言った理由がわかった。
私は毬子さんと恋愛も性愛もしたいと思っている以上、同性愛者なのは間違いない。
けど、女なら誰でもいいってわけじゃない。
現に神川さんというなかなか可愛い子が隣にいても、なんとも思わないし。いや人妻だし相手。
他にも、男性のアイドルにあこがれを抱く感情はまだ残っている。
少女漫画も男女の恋愛ドラマも、余裕で見れる。
それってどういうセクなんだろって思うけど、毬子さんだけが特別であることには変わりないからごちゃごちゃ悩むことはやめた。
だからLGBTのいずれにも定義づけられない人のために”Q”、クィア(クエスチョニング)があるのかな。
「ありがとうございましたー」
最後に意味深に親指を立てて、後輩は見送ってくれた。
今日はタチに徹するって決めたんだ。いつも与えられてばかりだから、今夜はたくさん返してあげたい。
そうして決戦の夜は訪れた。
シャワーを浴びて、体液での汚れを想定したベッドメイクも終えて。
お互いタオル一枚を巻いただけの食べ頃装備で、いざ美味しくいただきますの挨拶を交わす。
とは言っても、私はズブのど素人だ。
なので万一毬子さんを傷つけることはあってはなるまいと、彼女の手ほどきを受けながら触れていく予定ではあったのだ。
千夜のタチも一歩から。
それがどうしてこうなったのか。
かれこれ数時間、私は手ほどきという名の愛撫を受けながらにゃんにゃんされていた。
私だけのネコになってあげるとか言った人から。
ネコはネコでも、大ネコだ。
そして私はお世話されるがままの小ネコだった。
「この感覚が大事だからねー。よーく身体と頭に覚えておくのよー」
「や、むり、もぉ」
「無理かどうかは聞いてみましょう? いやいやしない」
「あ、ぁああっ」
とても長時間にわたって人の肉体を弄んでいるとは思えない、軽い調子に導かれるまま。
何度目かになるかわからない高みへと意識が押し上げられて、ぷつんと理性の糸がはち切れる。
人語が枯れ果てた濁声とともに、性感に屈した下半身がぶるぶると震える。
身体で支払うって、こういうことか。
GWからずーっと夜はこうだ。
初めてから日は浅いのに、すっかり身体は順応し始めていた。
こっちの方も適応力が高いのね、なんて挑発するように毬子さんが笑って。
まだ余韻が引いてない熱源を、指の腹が撫でていく。
続いて軽く押しつぶしていく刺激が加わって、たまらず腿が暴れ狂う。ぎしぎしと大きな軋み音をベッドが上げた。
「や、そぇ、やぁあ」
強烈な性感に思考がぐっちゃぐちゃにかき混ざられる。
巨大感情と感覚の洪水に、にじんだ視界から涙があふれていく。
手付きは優しいのに、責めは迷うことなく的確だ。
「っぐ、んんぅぅ」
声を吹き出しそうになる唇を強く吸われて、くぐもった喘ぎがこぼれていく。
封じられている間にも好き勝手動き回る悪い手は止まず、じわじわと体力と気力と体液を搾り取られていく。
いつなんだ。いつ私にタチの順番は回ってくるんや。
「じゃ、実践してみましょうか」
ようやく毬子さんの気が済んだ頃には、ぶっちゃけ虫の息にありました。
どこもかしこも、まったく力が入らない。今の私は3歳児にも劣るザコHPだ。
なのに下腹部は飽き足らず熱病のさなかにあり、欲の炎がじくじくとうずいている。
適度にじらされたおかげで、身体は中途半端に物足りない状態にあった。
「待って、ぜんっぜん動けない……」
「口だけ動かしていればいいわ。おいで」
休む暇もなく誘われて、操り人形のようにだらりと毬子さんへとしがみつく。
「してくれる?」
「ん……」
胸元へと抱き寄せられた。やっと出された据え膳に、目と唇が吸い寄せられていく。
すでにしこりのある頂をついばんで、少しずつすぼめていく。
「そう、そう。歯は立てないようにね」
そうしていると赤ちゃんみたいねぇ、と温かい声がじりじりと羞恥の熱を上げていく。
タチってこれでいいんだっけ。
状況的には私が攻めているはずなんだけど、後頭部には手が当てられ撫でられている。
むず痒い。なんだか、あやされているみたいだ。
「されてる立場で言うのもなんだけど……ごめんね。女なのにこんな薄っぺらい胸で」
自虐を込めて、毬子さんが軽く笑い飛ばした。
私もそこまで大きい方ではないけど、毬子さんの場合はさらになだらかだ。細身ってのもあるだろうけど。
AAカップブラすらぱかぱかのサイズがコンプレックスで、ネコはあまりやらないとも聞いた。
「気にしないよ、そんなの」
大きい人よりももっと、心臓のすぐ傍まで近づけるから。
「あっ、」
私は聞いて触れることで満たされたいんだ。
舌を突き出し、突起へ這わせていく。
汗だくの私とは裏腹に、毬子さんの肌にはボディーソープの残り香を感じる。
包まれている状況から、まぶたの奥がとろんとしてきた。
吸うのも、舐めるのも、見様見真似。
毬子さんにどれだけ与えられているかは分からない。
なのに控えめな吐息が漏れるたびに、もっと聞きたくなって体の芯が熱くなってくる。
「うん……いいわ」
頬紅を施したように色づいた毬子さんは、とてつもなく艶やかだ。
声から感じてるっぽいのに、余裕めいた表情は私の拙さを突きつけられているようでもどかしい。
それ以前に、へばった身体は思うように動いてくれない。
「ほんとに? 私、ろくに動けてないよ。物足りないと思うよ……」
「だからこそよ。いっぱいされてふらふらなのに、それでも健気に攻める姿ってすごくかわいいと思うの」
だから長いことタチを譲らなかったのかー。
しかしそれを聞くと、リードでつながれ奉仕する飼い犬のようだ。
「わたしはする側でも十分に満足できるけど、忍ちゃんはタチって不慣れでしょう? 指も口もそのうち疲れてくるから、気持ちよく終われないんじゃないかって不安だったの」
ああ、そういうことだったのか。
確かに、私にタチが務まらないと一度諦めた理由はこっちが少しも気持ちよくないからって不満だった。
今分析すればリバ寄りのタチかネコってことなんだろうけど。
毬子さんの場合は自然と、悦ばせたいって感情も湧き出るようになったのだ。
「うん、死ぬほど気持ちよかったよ。気遣ってくれて嬉しかった」
そうして今度は、毬子さんを満たしてあげたい。
今はまだ素人に毛が生えたレベルだけど、いつかは。
「あらあら、まだまだいけそうね」
「限界まで付き合っちゃいますからね」
それからされたぶんと同じくらいの時間をかけて、私は毬子さんへの奉仕に没頭した。
あんまり夢中になりすぎて、気づけば夜が明けていたくらいだった。
先に音を上げたのは体力でも気力でもなく、睡魔だったけど。
「わたしたちって、相性いいと思うの」
何もかもが終わって、へばる私の乱れた髪の毛を毬子さんが梳く。
慈しむように、心底嬉しそうな笑みを浮かべて。
「忍ちゃんに触られると、気持ちいい」
「毬子さんとしてからいろいろ弱くなった気がする……」
後者は技量の差によるものだろうけど。
気持ちいいとはっきり言葉にされたことで、またタチをやってみたいと情熱が燃えてくる。
「相性といえば、相手が受け身か自分本位すぎてセックスの時間が苦痛になったなんて話はよく聞くね」
「そうね、それくらい体の相性って大事よ。どんなに好き合っていても、性の不一致が原因で別れてしまったカップルは大勢いるもの」
遠くを見つめて、どこか寂しそうに毬子さんはつぶやく。
今まで付き合ってきた人の中にもいたのだろうか。
「レスとか。性欲が強すぎるとか。バリタチ同士、バリネコ同士とか。異常性癖持ちだったとか。アセクシャルやアロマンティックだったとか。性的指向だけでもかなり細分化できるからね」
そういや、某GLドラマでも同じようなテーマを取り扱ってたなあ。
人望に厚い学校一の美少女が、誰とも付き合っていない謎。
男女問わずよりどりみどりだろうに、彼女と付き合った人はそのどれもが長続きしなかった。
なぜなら彼女は、性欲そのものを覚えない人間だったから。
恋愛感情は人並みに持ち合わせているのに、想いだけではつなぎとめられない。
好きな人といるのにセックスできないなんて、そんな生殺しに耐えられる恋人は滅多にいないからだ。
性欲の伴わない恋愛は、果たして成立するのか。
そんな一人の少女の苦悩が鮮明に描かれていて、放送後の反響も高かったらしい。
「身体も心も満たされる相手と出会えるのは、相当奇跡的な確率なのかもしれないわね」
「だとしたら……運命ってものを信じてみたくなるかな」
ちょっと臭い台詞だけど、本心に違いはない。
この人と出会えてよかった。あふれる想いから、向かい合う毬子さんの頬をすっと撫でる。
「また、しようね」
「ええ、また明日」
明日も、その次の日も。
待ち焦がれる約束をして、指切りの代わりに唇を重ねる。
好き、大好き。眠りに落ちるまで、互いに睦言を交わしながらまどろみの底へと沈んでいく。
こんな感じで幸せなGWは過ぎていった。
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