黒い大太刀

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そいつは、闇の形をしていた。 黒い大太刀 響き渡る鐘の音に、教室に屯した者達は帰り支度を始める。 窓から入る赤い夕日が部屋を染めていた。 アシも広げていた教科書とノートを鞄にしまい、席を立つ。 帰路に着く道は、世界が眠ろうとする色をしていた。 夕日の所為で伸びる影が歪む。 アシは、それに気づいていなかった。 「ただいま」 アシは笑顔でそう言う。母親もおかえり、と声を掛けてくれた。 「今日の夕飯はシチューよ」 「やった。母さんのシチュー大好き」 そう笑い合う。 父親はいつも6時に帰っていた。アシが自室で着替えていると、その人間が玄関の戸を開ける音がする。 夕飯はいつも一家で摂っていた。暖かいシチューを食べながら、三人で談笑する。 今日の授業の話や、クラスメイトから聞いた流行り物の話をした。両親はその何でもない話に頷いてくれる。 小テストはどうだった、と聞かれたので点数を言うと、満足そうに笑ってきた。 「流石アシだ。次もその調子でな」 「この調子なら第一志望も受かりそうね」 一般的な家庭の会話。 アシも、頑張ってるよ、と良い笑顔で言った。 ご馳走様、と挨拶をして、空になった皿とスプーンをキッチンに下げ、お風呂まで勉強すると二階の自室へ上がる。 ぱたん、とドアを閉め、薄暗い部屋で溜息を吐いた。 今日も、良い人間で居た。 世間が望む、頭の良い子供。 誰もが羨む恵まれた環境。 何の不自由の無い、模範の中学生。 そうあり続けるのが、正解であることはわかっていた。 なのに、   だから、 この心臓に有る、沸立つ感情が分からなかった。 かちり、と部屋の明かりを点ける。 与えられた時から変わらない家具達。 綺麗に整えられた部屋の真ん中に座り込み。足元に転がっていたクッションを抱き締めた。 目を瞑ると、自分の中に有る感情を見てしまう。 その気持ちは不気味で、汚くて、黒い。 その感情に、名前を付けられなかった。 何故、こんな事を。 クッションに爪を立て、必死に耐えた。 ネエ、 黒い声が聞こえる。 日を追う毎に近くなる声。 それはこの感情の声だと認識していた。 カサカサとしたその手が、肩に乗る。 ひやりとしたその感覚に、瞼を上げた。 ゴトリ 目の前に、黒い靄が落ちている。 アシは、恐る恐る、それに手を伸ばした。 ガシャン、とガラスが割れる。 着地して、足の裏にコンクリートを感じた。 誰かの悲鳴を耳にしつつ、走り出す。 右手にした黒い靄は、一体化していた。 コワセ 黒い声が聞こえる。 夜闇の中で、その少年を街灯が儚く照らした。 アシは電柱に一閃を喰らわす。 倒れるセメントの棒は、バチバチと光を散らし線を切った。 赤いポストも、容易く真っ二つになる。 アシは笑っていた。 全て、この手で斬り伏せられる。 全て、破壊出来るのだ。 それを望んでいた。 自分の周りに有るものを、壊してまわりたかった。 アシは狂気の笑声を上げながら走る。 クラクションや猫の声を耳にしていたが、関係無かった。 遂に大通りに出て、その姿を人前に晒す。 人々の悲鳴。 アシは、人間を獲物と認識した。 ハカイシヨウ その声に、黒い筈の眼が赫く染まる。 逃げ遅れた子供に標的を定めた。 その少年に右腕を振りかぶった時、 動けなくなった。 アシは振り返る。 その金蜜の眼に射抜かれ、やっと正気に戻った。 「止れ」 たったその一言で脳が、サッと醒める。 何も言葉が出なかった。 「お前は目覚めたのだ」 その力は、破壊に使うものではない。 その言葉に、足が崩れた。 「…僕は…一体…」 何に、成ったのだ。 意識が消える。 闇の中で、深い眠りに着いた。 目を開けた時、知らない天井を見た。 差し込む光が眩しかったので、今は朝だと気付く。 アシが横を向くと、知らない男が居た。 つばの大きな帽子を目深く被り、顔は見えない。 アシが起き上がると、おはよう、としゃがれた声で言ってきた。 「…僕は、」 じわじわと記憶が戻る。 なんて事を、と頭を抱えた。 「お前は、目覚めたのだ」 男は言う。 「め、ざめ…?」 正直、わからなかった。 あの感情も、あの衝動も、何もかも。 「自分を責めるな」 ぐるぐるとした頭が、その一言で少し冷静になった。 「…あの、黒いものは」 一番わからない物。 「あれはお前の感情が生み出した物だ」 やっぱり。 「でも、お前だけの物ではない」 男は黒い靄をアシの膝に置いた。 それは、見るだけでぞわりとする。 「手に取れ」 その命令に従うのは、正直恐ろしかった。 手にしたから、あんな事をしてしまったのだから。 「大丈夫だ。それは、お前との対話を望んでいる」 その言葉は、体を従わせた。 恐る恐る、その靄に触れる。 アシ 声が、聞こえた。 ヤット、アエタナ 「…君は、誰」 アシはその声に向き合った。 オレハ、オマエデ、オマエデハナイ 「君は、僕で、僕じゃない」 靄は形を変えた。 もくもくと大きくなり、人の形に成る。 ぎょろりと一つ、目が現れた。 「名を呼べ」 しゃがれた声に従う。 「君は、……黒一字」 その言葉で、靄はまた形を変えた。 しゅるしゅると音を立て、今度は硬い形になる。 それは、大きな刀だった。 「その大太刀の名は、黒一字だな」 男の言葉に頷く。 そう、こいつは黒一字という大太刀。 「僕の感情が、武器になった物」 男は外ひた声で笑った。 「理解が早くて結構」 アシは黒一字を両手に持ち、抜刀する。 名の通り黒い刀身は、鈍い光を返した。 「ようこそ。こちらの世界へ」 男は大きな手でアシの頭を乱暴に撫でる。 ギラリと光る大太刀は、アシの眼の中も還した。 それが、アシと黒一字の始まりだった。 その芽生えた感情を具現化する。 そして、その力を制御する技を会得するために、魔法武器学園に編入したのだ。
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