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「わかったよ。だけどもう本当に最後だ。明日から、きみとオジさんは他人だよ。
きみはきみできみらしく、幸せに生きてね」
オジさんがナビに打ち込みサイドを下ろすと、車はまっすぐ走り出した。初めて身体を重ねたホテルに向かって。
「ずいぶんと学生らしい顔になったじゃないの。高校ではちょっとでも気を抜いたらタダじゃ済まさないわよ」
今日は高校の入学式。母が、満面の笑みで送り出す。
母の顔が険しいときは、わたしの顔が明るいとき。その反対ならそうなんだろう。
春休み、わたしは抜け殻になって凍えてた。太陽の無い毎日は、実に暗く肌寒かった。
棲み慣れた地獄のはずだった。ひとつ違いがあるとすれば、太陽を知っているかどうか。
やっぱりね、余計なことは知りたくないな。好奇心は、殺すもの。余計な興味は、持たないもの。
オジさんはホントにやってくれたよ。真っ当に生きてる人たちが、何のために生きてるかなんて知りたくなかった。
人間なんて生きてるだけで精一杯。人それぞれに地獄があって、人生なんて空っぽで、そんななかで力尽きたら死んでしまうのが人生だ。
せめて生きる希望がひとつでも、大好きな人がひとりでも居ればそれを希望にそれを糧に生きられる。
絶望は、望みが絶えるって書くんだよ。
オジさんは、わたしを買いかぶり過ぎたんだよ。わたし、オジさんを踏み台にしてひとりで立てるほど強くないから。
お母さんが、『次』を見つける機会を潰し尽くさず残すことなんて考えられない。
わたしはわたしで、その絶望を乗り越えれるほど強くない。
でもオジさんには感謝してるよ。
人生のなかで、誰かひとりでも好きになれて、誰かひとりとでも愛し合えたのはオジさんのおかげ。
わたしオジさんは恨んでないよ、是非幸せな道を歩んでね。
わたしはもう誰も愛さないかな。いっぱい勉強に苦しんで、いろんなことを諦めて、適当な男と結婚したらなんとしてでも娘を産むのが将来像。
愛する男との結婚は嫌。そんなひとの子供をなんて、イジメられたものじゃない。
それに、お母さんの気持ちもちょっとわかっちゃった。愛する男が他の女にデレデレなんて、自分の家庭でされたくない。
要するに、どうでもいいひとの娘を産まなきゃわたしは幸せにはなれない。
嫌いでもなく、好きでもなく、どうでもいい人。
余計な情に絆されず、娘だけを虐げたいの。遠慮せずに、迷わずに。
娘なのは絶対だよ。そしたら娘にこう言ってやるんだ。
「あなたは可愛くもなければ運動もできないの! そんなあなたでも世間様に恥ずかしくないように毎日勉強しなさい!」
そう言ってあげてわからせる。誰に何を望まれながら、どう生きるべくこの世に生を受けたのかって。
それがわたしの希望だよ。
「大人になれば、娘ひとりは好き放題に扱える」
それをわたしは、お母さんから学んだんだ。その権限は、惜しむことなく使わせてもらう。
わたしはなるんだ、お母さんに。
オジさん。将来わたしは、世間様に胸を張りながらそう生きるよ。
「わたしはわたしでわたしらしく、幸せに生きる」
だったよね。そこはオジさんに従うよ。
オジさんが、別れる際に、わたしに望んだことだから。
――燕雀鳳を産まず、鳳も亦燕雀を産まず the end ――
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