15人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなたは可愛くもなければ運動もできないの! そんなあなたでも世間様に恥ずかしくないように毎日勉強しなさい!」
学校から帰宅するなり、そうがなられながらわたしは部屋へと押しこめられた。
中学に入ってからは、これが母のお帰りなさいの代わりだった。
部活はなにもさせてもらえず、寄り道どころか級友と談話する余地すら残してはもらえない毎日。
そんなに勉強勉強と言いますがね、予習も復習も1時間もあれば事足りますよ。
事実わたしはそれくらいしかしてないし、あとは読み飽きたマンガとつまらないテレビでヒマを潰す毎日だけど、それでも成績上位の常連ですよ。
「その番組はわたしも見てた」
そう切り出せればどれだけ青春できるだろう、そう思いながらクラスメイトを流し見た。
別にわたしは、人見知りなんかじゃない。ただその後の流れにうんざりなんだよ。
「ごめん、母さんがうるさいから」
ホームルーム後、そう断って帰路につくときの後ろめたさがわたしは嫌い。
「付き合い悪いよ」
そう言葉がキツいと安心する。級友の顔が名残惜しいと、罪悪感に苛まれるからそれよりはマシ。
さて本日も、憂鬱な時間の始まりだ。学校という真っ当な地獄が終わったのちの、家庭という名の地獄の理不尽。
「寝て起きて玄関を出れば学校に逃げれる」
そんな気持ちは自分以外が持ってるのかな?
「本日は人身事故の影響により、ダイヤが乱れております。ご迷惑おかけしてしまい誠に申し訳ございません」
駅のホームに事務的な声が響きわたる。わたしはキオスクでパンと紙パックのコーヒーを買った。
こんなときしか味わえない味。みんなは飽きてるみたいだけれど、わたしにとっては新鮮な味。
「すみません、遅延証明もらえますか」
夕日が差しこむ改札口と、駅員さんの怪訝な顔。気持ちはわかるよ、こんなのたぶんわたしくらい。
帰宅の遅れに遅延証明? 自分もギャグだと思うもん。
「いつもはこんなに混まないのにな」
登校中の電車のなかで、背中に腕が押しつけられる。
いつもがらがらではないにせよ、すし詰めになるほど混む日はない。
「気にするほどのことではない」
学校前の駅につくと、開いた側のドアから降りた。
「お尻に手が当たってる」
昨日と同じ腕の感触。昨日は肘までだったのが、今日は指先まで全部。
扉の反射で車内を見ると、スーツの男が異様に近い。
「違うよね、わたしは可愛くないんだもん」
悪い予感が頭をよぎった。受け入れたくない危機感だった。
学校前の駅につくと、開いた側のドアから降りた。
「これはもう、絶対そうだよ」
同じスーツの、同じ体格。その手のひらが、わたしのお尻をスカート越しに撫でまわす。
恐怖に身体が強張るなかで、学校前の駅まで耐えた。
「お母さん、今日は学校を休みたい」
起床後制服に着替えスカート履くと全身に悪寒が走った。昨日の恐怖のフラッシュバックに冷や汗が出た。
「なに言ってるの? 毎日怠けず勉強しないといい大学なんて行けないでしょ! あなたは他人より勉強してるだけのバカなんだから!」
そうね。あなたの子供だもんね、勉強以外は知らないバカの。
「わたし、最近痴漢に目をつけられてるの」
「いくら勉強が辛くて休みたくても、もうちょっと説得力のあるウソをついたらどうなの? 鏡を見たあともう一度同じコト言える?」
事実なのに、本当なのに。実の娘がレイプされてもいいのかな。
「わかったよもう。今日も痴漢されに行ってきます」
「黙って勉強だけしてきなさい!!!」
行くなら行くで、急がなきゃ。同じダイヤの、同じ車両に乗らなくちゃ。
スーツの男に、狙われなくちゃ。
最初のコメントを投稿しよう!