燕雀鳳を産まず、鳳も亦燕雀を産まず

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「あんたはね、可愛くもなければスポーツもできないただ他人より勉強してるだけのバカでブスなのよ! 勉強すらサボったら何も残らないクズなのよ!」  オジさんとエッチしたいな。オジさんとしてるあいだは、(クソババア)の言葉を忘れられる。  (クソババア)に踏みつけられて罵声を浴びてるそのうちに、日が暮れて玄関のドアが開いた。 「ただいま。今日は三者面談だったわけか」  お父さんが帰ってきた。もう驚きもしないみたい。いつものことだ、父にとっても、わたしにとっても。 「おかえり。そうよ! このクズ担任に言われたんだから!」 「何をだ」 「最近いつも締まりのない顔でヘラヘラしてるって! 中3なのに勉強に身が入ってないのよ!」  モノは、言いようだ。 「そうか。で、成績はどうだった」 「二学期は特に安定してるって。クラス1位の科目がいくつもあったよ」  言われた言葉と確たる事実を答えてやった。 「余計なコト聞いてつけ上がらせてんじゃないわよ!」  あ、それって「余計なコト」なの。ふーん。 「父親としては、そこがいちばんに気になったんだがな」 「一応こいつが成人するまで親権者の扶養の義務なんてものがあるから生かしてやってるけどね! その代わりこいつはただ勉強に苦しまさせられるだけの人生を歩むんだから!!」  あーあ。建前すら教育じゃなくて虐待になっちゃったよ。 「ところで母さんや、夕飯はあるか」 「作ってもらえるのが当たり前みたいに言わないでよ! 適当に買ってきたら?」  専業主婦だろクソババア。役目を果たせよ。 「つくづく責務を果たしていないのがどちらかわからんな」 「あんたもね、小学生の実の娘にハアハアしといて父親ヅラしてんじゃないわよ!  10歳の娘に風呂のなかでアレいじらせてたヘンタイのくせに!」 「お母さんあれは……」  あれはわたしのイタズラだった。その日読んだ漫画にそのシーンが出てきて、お風呂でお父さんの裸を見てつい真似したくなった。本のとおりにムクムクしてきて、止められながらも面白くなってつい止まらなかった。  騒ぎを聞きつけた母親にそれを目撃され、その漫画は取り上げられた。  その日から、(クソババア)の態度は激変した。 「黙れ! このアバズレが!」  全体重をかけ踏みつけられた。ヒールが背中に食い込んだ。 「ちょっと裁判所で真剣に話し合わないか。第三者なしでは、水掛け論になりそうだ」 「なに考えてるのよ! そんなことしたら近所に合わせる顔がなくなるじゃないの! それにあんた、捕まりたいの? 性的虐待容疑で」  身体的虐待行為の現行犯がそれ言うの。 「そうだな。子どものよくあるイタズラと、あからさまな家庭内暴力、そのどちらの罪がより重いかの意見も聞きたいな」 「ふざけないで!! 男ってみんなそう。絶対に若い女の肩を持つのよ!」  (クソババア)は、目に涙を浮かべていた。 「なに寝っ転がってるのよ! さっさと着替えなさい!」  やっとわたしは解放された。今日という日が、ようやく終わった。 「イブはぼっちだったオジさん、おっはよ〜!」  中学最後の冬休み、わたしは外出禁止を言い渡された。どのみち外出が許されるのはお父さんが居る休日だけだから実質なにも変わらないけど。 「言わないで、どうせ仕事だったよ」 「どうする? 在庫処分のクリスマスツリーでも買いに行く?」 「それも面白い発想だけど、どうせ年内最後なんだし。蕎麦食べに行きたい」  年越し蕎麦。う〜ん、店もいいけど。 「スーパー行ってカップ麺買おうよ」 「カップ麺?」 「うん。まだお腹空いてないし、それに今日はオジさん家行ってみたいけど、ダメ?」  オジさんは目を見開いていた。 「いいけど……、散らかってるよ?」 「いいよ。だってオジさんじゃん。そんなの当たり前じゃん」 「それはそれでひどい気がするけど、じゃ、決まりだね」  スーパーではカップ蕎麦とジュースと発泡酒とつまみ、それと座布団を買った。 「よかったね、オジさん。店じゃ酒は飲めないよ」 「そうだね」 「あと、ビデオ屋さん行こ!」 「ビデオ屋?」 「年越しといえばガキ使だよ」 「オジさん、独り暮らしだからビデオ屋の会員証くらい持ってると思ってた」 「ないよ。今どきアマゾンプライムで観れるのだけで十分だから」  世の中にはそんなのがあるんだ。そりゃビデオ屋も年々減るよね。 「お邪魔しま〜す」 「はい、どうぞ」  オジさんの家は1DKのアパートだった。食料品と衣類のあるダイニングの向こうに寝室兼書斎のような部屋だった。 「散らかってるって……、きれいじゃん」  オジさんの部屋は車のなかと同様、殺風景だけどきれいに片付いてた。 「もうひと月も掃除してないよ」 「わたしの考えた『汚い』は、食べたあとのカップ麺の容器とか脱ぎっぱなしの服とか使ったあとのティッシュとエロ本とかが万年床の周りに押し固められてる感じだったけど」 「そんな荒んだ暮らししてるのは、逆にごく一部だけだって」  オジさん、ひとって真面目で几帳面なほど鬱になりやすいらしいよ。 「ちぇっ。オジさんのオカズみてゲラゲラしようと思ってたのに」 「ここは平和にガキの使い観てゲラゲラしようか」  オジさんがテレビとゲーム機をダイニングのほうに持ってきた。鍋でふたりぶんのお湯を沸かしながらちゃぶ台とかをセッティングしていく。
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