燕雀鳳を産まず、鳳も亦燕雀を産まず

8/14
前へ
/14ページ
次へ
「今回は庇ってやれたが、次の試験は気合い入れろよ。本当に成績が落ちたとあっては庇いようがなくなるからな」 「はい」  ハイハイお勉強お勉強。お父さん、もうちょっと結婚相手はちゃんと選ぶべきだったんじゃない?  それから無事期末試験を乗りきって、中学最後の夏休み。  携帯は、ありがたかったけど生殺しが辛くもあった。  どこから漏れるかわからないから通学時や学校では全然使えず、クラスの話題に混ざりたくても混ざれなかった。  地味に困ったのが充電で、お母さん(あのクソババア)に見つからないようちょっとでもウトウトしたら充電抜いてカバンに仕舞ってた。  テレビで特集やってたユーチューバーのチャンネル見たり、適当な音楽聴いたりとスマホらしいことできたのはお小遣いが入ってイヤホン買ってから。  それまでは、オジさんへのメールでの愚痴が主な使いみちだった。だから会っても愚痴ばっかで、オジさんがゴムに吐き出すかわりにわたしは不満を吐き出していた。 「そういえば、オジさん最近お腹がへこんできたね」 「まえと違って、見られるひとが居るからね」  実はかなりどうでもいいけど、健康には悪くないんじゃない? 「え〜、でも中途半端じゃん。どうせなら割ろうよ」 「無茶言うなよ。それに海やプールで水着見せてくれるなら頑張るけど、どうせ日焼けは無理だよね?」  もし日焼けなんかしたら夏休みずっと外出禁止になるだろうな。  専業主婦のお母さん(あのクソババア)が、「いくら中高一貫だからって、高校に入ってから周りについていけなかったらどうするの?」と毎日その一点張りで、長期休みは学校にすら逃げられないのがツラい。 「そういえば、きみはカラオケとか行くのかな?」 「行ったことないよ。なんで?」  ガリ勉ぼっちに聞く質問じゃないよね。 「たまには愚痴以外の言葉を聞きたくなっちゃった」 「だからこうしてエッチさせてあげてるじゃん」  わたしだって、悪いと思ってないわけじゃないからこうしてさせてあげてるの。 「オジさん欲しがりだから、きみについてカラダ以外も知りたくなったの」 「うわ、だっる」  そもそもまともに歌ったことなんてないから、自分がどれだけ下手かもわからないんだよ。 「ものは試しだよ。つまらなかったら次は無しで」 「じゃ、来週はカラオケね。ハイハイ」  つまらないテレビ、飽きたマンガ、使うとき凄まじい緊張感の伴うスマホとやり尽くした勉強。長い一週間だった。  休日はまだお父さんがお母さん(あのクソババア)の相手をしてくれるからまだいいけど、平日が特に地獄なのがわたしの長期休み。  だらしないと毒を吐かれながら競馬中継を観る父を背に、いつもの駅へわたしは向かった。 「オジさん、おはよ」  ドアを開けるとオジさんがイヤホンを外しシートを起こした。予習の途中だったかな。 「おはよう、予約取っといたよ」 「そんなに必死なの?」 「休日は混むかな、と思ってね」  向かったさきは駅から車で5分ほどのカラオケ屋。駐車場にぎっしりと車や自転車が並ぶ。 「ちぇっ。空いてたらオジさんの赤っ恥だったのに」 「それならそれで別にいいよ。ほら、あれはあれで恥ずかしいだろ?」 「うわ」  車のドアを開けると、音程の外れた歌声が聞こえた。 「入るよ」  興味を持つことすら無かったが、こんなにも恐ろしい場所だったの。 「予約していた奥田です」 「奥田様、ですね。では、奥の右手の部屋にお願いします」  伝票のようなものを手渡され、オジさんがそれを見ながら部屋へと向かった。  他人の歌声に共感性羞恥と安心感をもたされながら、オジさんと部屋へと入った。  オジさんがマイクを手渡し、機械のタッチパネルを操作しだした。  前奏が流れ、オジさんがマイクを手にし歌いだす。この曲は知っている。テレビで何度流れたかわからない懐メロ特集で聞き流してた曲だ。  今年の冬、確かにどこでなにしてるだろう。  オジさんは確か30歳。この曲のころ16歳。 「オジさん、可もなく不可もなかったよ」 「そんなもんだよ」 「実はカラオケが得意でマウント取ってドヤるかと思ってた」 「そんな趣味はないよ」  オジさんに機械を手渡され、操作を習いながら曲を打ちこむ。どうせだから年代を合わせよう、この年代ならこの曲かな。 「きみ、その頃はまだ赤ちゃんだよね」  こじらせたテレビっ子のJポップ知識を舐めるな。ガリ勉の知識への信仰心を舐めるな。 「でも意外だな、そういう曲好きなんだ」 「知ってるだけだよ」  この歌手は女子中高生のカリスマだったらしいけど、当時はメンヘラばっかりだったのかな。  その後もオジさんと交互に時間まで歌って店を出た。 「オジさんの年代に合わせてくれてた?」 「うん。知らない曲はノれないじゃん」 「それはありがとう。でも、自分の好きな曲、歌わなくてよかったの?」  無い。好きになってもそれを話す相手を作れないから、好きなものは作らない。  「オジさんだって似たようなもんじゃん。ただ自分が中高生だった頃流行ってたくらいが共通点で、あとはジャンルも雰囲気もバラバラじゃん」 「オジさんも、歌が特段好きってわけじゃないからね。カラオケ行ったときに周りについていけるように歌えそうなのを覚えただけ。  オジさん、高校時代勉強ばかりしていたから何かを好きになる余裕なんて無かったよ」  え? そうなの?
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加