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「オジさんも、歌が特段好きってわけじゃないからね。カラオケ行ったときに周りについていけるように歌えそうなのを覚えただけ。
オジさん、高校時代勉強ばかりしていたから何かを好きになる余裕なんて無かったよ」
え? そうなの?
「オジさんもなんだ」
「そうだよ。親に強要されたわけじゃないけど、将来何していいかわからなくて、その不安を拭うために勉強ばかりしていたよ。
成績がいいと、志望する大学の合格率が高いとちょっとだけ安心した」
人間、自己判断が許されても結局たどり着く結論はそうなるんだ。
「で、大学に入ったら入ったで、今度は大学で何したらいいかわからなくなったよ。
仕方ないから中高生のころ放置してたゲームで遊んだり、漫画を読んだりしててもすぐに飽きた」
わたしも将来そうなりそう。
「周りは立派な人ばかりだった。父親の会社を継ぎたい、起業したい、高校からの付き合いの相手を養いたい、みんな明確な目標があって大学に入ってた」
「急にみじめな気分になって、『キャンパスライフなんて遊んだほうが楽しいに決まってるだろ』と言い聞かせることで劣等感から自分を守った。髪を染めたり服買ったり、その金のためにバイトしたりしながら過ごしてた」
悲しみの大学デビュー。
「それでも気持ちのモヤが晴れず、『収入が安定すれば人生はうまくいくはずだ』と、そう考えを変えて残りを過ごした」
「で、いまの会社に新卒で入って今に至るわけだけど、結局自分の好きなものは好きな曲すら見つけれてないね」
聞いた? お母さん。人間勉強だけじゃ幸せにはなれないよ。
「この前熱く語ってたプラモのロボットは?」
「あれはただの暇つぶし。どうでもいいから嫌いでもない。積んどいて気が向いたときにだけ手に取るといい気分転換になる。
それに他人と関わらない趣味って、趣味を聞かれたときに適度な距離を保てるんだ」
「そう言う割にはずいぶんと距離感の近い話じゃん」
はじめてオジさんの内面の話を聞いた気がする。
「きみが話させるからだよ。こんな話、つまらなかっただろ」
「そうでもないよ。オジさんもわたしも、頭のなかも人生も勉強だらけでつまらない。今日はそれがわかったよ」
「いいのそれ」
いいの。オジさんにはオジさんの地獄があって、わたしにはわたしの地獄があって。
みんな空っぽでみんなが地獄。
「それはそうと、オジさん、こういうのって男のほうからリードしないとダメだよ」
「そうだね、そろそろ行こうか」
わたしのなかの空っぽが、日々オジさんで満たされていく――。
夏が終わって秋が過ぎて、中学最後の二学期も終わり今日は最後の三者面談。
担任が、進路について笑顔で語る。
「娘さんは、頑張っていますよ。二学期は特に成績も安定し、定期考査ではクラス1位の科目もいくつもありました」
「先生、あまり娘を図に乗らせないでください。そもそも授業で習ったことなんて、全部正解して当たり前なんです」
母は、わたしが褒められるといい顔をしない。帰宅後の、楽しい楽しい説教タイムのネタを確保できないからだ。
「いえいえ、心配ですらあったんです。以前から大人しく優しいいい子でしたが、いつもどことなく表情が暗い印象も受けました。ですが、最近は少し元気も出てきたようで安心してます」
先生、余計なコト言わないで。
「学生は、表情を緩める暇も惜しんで勉学に励むのが当然ではないでしょうか」
ホラ、始まった。
「お母さん、学生のうちに覚えるべきことは勉強だけではないです。それこそ、表情を緩めることを忘れながら大人になってしまったらどんな人生を歩みかねないでしょうか」
火に油を注がないで。
「先生。あまり口が過ぎますと、教育委員会のほうに職務放棄の旨を伝えますよ」
先生がぐっと口をつぐんだ。わたしはこのやり取りを、1学年毎に見させられた。
「ともかくです。娘さんの成績および態度は非常に良好です。引き続きこの調子でよろしくお願いします」
こうして最後の三者面談が終わった。この嫌悪感が、人生で少なくともあと3年続く。
「先生にあんなこと言われるだなんて! あんた緊張感が足りてないんじゃないの?」
帰宅しドアを閉めるなり、母に突き飛ばされた。
わたしは土間に足を引っかけ、床に身体を打ちつけた。
「あんたね、本気出せば全教科満点取れたんじゃないの?」
わたしは黙って目をそらした。
「だんまりか? え?」
母が土足のまま踏みつけた。ヒールが身体に食い込んだ。
「手を抜くなって言ったわよね?」
足が上がって再び踏まれる。悲鳴をあげるな、つけ上がる。聞く耳持つな、調子に乗る。
「あんたはね、可愛くもなければ運動もできないただ他人より勉強してるだけのバカでブスなのよ! 勉強すらサボったら何も残らないクズなのよ!」
オジさんとエッチしたいな。オジさんとしてるあいだは、母の言葉を忘れられる。
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