玉に宿る記憶

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ここは、みんなの思い出がたどり着く場所。 ぷかぷかと浮かぶ、シャボン玉のような透明な玉の中にある世界は、誰かの記憶。その合間を縫うように歩く。突いたら、パチンと消えてしまいそうなそれは、けれどなかなかそうはならない。 広い広い空間に、ひとつの扉がある。 そこは、わたしだけの場所。するりと入ると、さっきまでいた場所と同じように、シャボン玉のような透明な玉が浮かんでいる。壊れそうで壊れないそれを、わたしはひとつずつ並べる。本棚のような棚に、ひとつひとつ収める。虹色の光が、滑るようにシャボン玉に揺らぐ。 たまに取り出して、ゆっくり眺める玉がある。飽きることなく、何度も眺める。懐かしさが溢れて泣いてしまっても、怒りが湧きあがっても、切なさに支配されても、それでも、何度だって取り出し眺める。 コンコン と、扉を叩く音がする。 同時に、ドアに埋め込まれている砂時計が180度回転する。 ドアを開ける。 この部屋とは比べられないほど広い広い空間にある玉に、行き先を聞く。 誰かが近づいてきた。 またたくさんの玉を持って。 「自由になりたい?」 その人が聞く。 けれど、わたしは知っている。 その人はいつもそう聞くけれど、わたしの答えを待っていないことに。いつも、それは、「こんにちは」のように。 わたしは知っている。 その人はそう言いながら、わたしの足首に触れ何かを確認していることを。 そして、またひとつ特別な玉と、鍵を渡される。 「わかってるね」 その人はそう言い残し、シャボン玉を突いた時のように帰って行った。 あの人が持ってきた玉は、ひとつをのぞいて空に浮かせる。 それから、手に残した玉を鍵と一緒に、わたしだけの場所に持って行く。奥の奥に、どこかに繋がる洞窟への扉がある。わたしだけが触れられる場所。けれど、たどり着く先は知らない。そんな場所に、わたしはあの玉を届ける。鍵で扉を開け、玉を浮べ、鍵は鍵置きに。少し奥に歩みを進めると、あの人が触れた足首がヒンヤリと警告する。 コンコン わたしの場所の扉を叩く音がする。 その音に導かれるように戻ると、テーブルの上にアフタヌーンティーの準備。 玉と一緒に、花が浮かぶ。今日はピンクのバラ。前回は、ブルーデージーだった。マーガレットのこともあれば、百合のこともある。今日はピンクのバラ。やわらかい気持ちになる。 アフタヌーンティーを楽しんだら、またあの広い広い空間に行く。 「自由になりたい?」 足首の何かを思いながら、その問いの答えを探す。
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