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心臓、れいぞうこのなか(5)
小学校にあがってから、図書館の本を借りては母にバレないように学校で読むことが増えた。
同じ年ごろの主人公が暮らしているはずの紙の中には、そんな日常の描写はない。ない。ない。どこにもない。
大変な出来事が起こる。解決したり、ひどい死に方をしたりする。
起承転結があり、終わりは後味の悪いものから、読者に見解を委ねるもの、それにただただすっきりとするだけのものまで。
それでも、咀嚼した食べ物で作った料理を子供に振舞う親と言うのは見かけなかった。
食に関する、皆が毎日こなすルーティン、わざわざ書くほどのことでもないのか、ワタシの読んできた本にはたまたまそのシーンが載っていなかっただけなのか。誰にもきくことはできなかった。
そう。ワタシの母は自分の口の中に入れた食材でワタシの食べるご飯を作るのだ。
不味い発泡酒の味がするサラダを、吐き出すことは許されない。
残さず完食せねばならない。もちろん、トイレを汚すことも許されないので、吐き出すことはできない。
変だ、変だ、無理だ。
ありきたりな言葉だが、これまでひっかかりを感じる度に、頭の中で無理やり「セーフ」のビーズを通していた糸がぱぁんと切れた。
はじけ飛ぶ、色、色、色、細かな色が、脳に刺さる、刺さる、突き刺さる。
もうダメだと思った。
ワタシは咄嗟に、すでに顔みしりだったお隣さんに、勉強を教えてもらう約束をしていると言ってお姉ちゃんの部屋を訪ね、トイレを借りたのだ。
それが、はじめて遊びに行った日のこと。
間取りは同じでしょう、トイレはあっち。
そうして、小さなソファに丸まってテレビを見ていた、細くて頼りない背中に見とれた。
そうじゃないだろ。ワタシを見て言えよ。ワタシがかわいそうじゃないのか。腹が立った。少しでもいい、何か欲しかったのだ。
その為に、わざわざあんなひどい顔をして逃げ込んだと言うのに。
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