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僕と同じ赤色をした仲間たちが一斉に飛び移った先は小さな箱庭。狭い水槽から抜け出したと思ったらまた箱に閉じ込められる。どこか未知の場所へと行きたい。そんな欲を抱えながらもたくさんの水音を鳴らす。ぴちゃぴちゃと反響する音は僕の沈んだ心を晴れ渡らせてくれた。僕らを連れてきたおじさんが人の波に向かって叫ぶ。
「楽しい金魚掬いだよー!」
『金魚掬い』とはなんだろう。まあ、僕らを見て楽しいと思ってくれるならそれで良いか。そんな悠長なことを考えていたら少女が父親の手を引っ張りながら走って来た。
「パパ〜!これやりたい!」
「わかったから少し落ち着きなさい」
はしゃいでいる少女とは反対に、汗だくの父親。ここは子供のための場所なんだと予想出来る。
「お嬢ちゃん、金魚掬いやりたいのかい?」
「うん!」
「そうか!じゃあこれを持ってごらん」
おじさんが少女に何かを渡す。
「これはー?」
「これはポイって言うんだ。これで金魚を取るんだよ。取ったらこの器に金魚を入れるんだ」
おじさんが耳を疑うようなことを言った。僕たちを捕まえる気なの……?やだ!僕はもう自由に生きたいんだ!
この箱の中には逃げ場なんて無い。けれど必死に泳ぐ。少女の手が届かないところまで。しかし、僕は不利な状況に追い込まれてしまった。
「この金魚なんて元気で良いんじゃないか?」
父親が余計な一言を言ったのだ。
「お!旦那お目が高いねー!こいつは一番大きくて泳ぎも素早いんだ。うちの自慢の金魚だよ!」
「パパ!この子取る!」
「ああ、頑張れ」
「うん!!」
少女は元気な声で返事をした。と同時に勢いよくポイを水に浸ける。ぱちゃんっと大きな音をたて、水しぶきを上げる。取られる!本能で察知した僕は瞬時に体を翻す。すぐに遠い場所に移動し、様子を伺う。
少女が持っているポイを見ると、真ん中が破けていた。破けやすい物のようだ。そうとわかれば安心だ。この子に僕は捕まえられない。
「難しいよ〜」
「お嬢ちゃん。あと二回挑戦出来るんだが、やるかい?」
「やる!」
今度こそとリベンジした結果は言わずもがな。少女の泣きじゃくる姿は痛々しいが、僕はこれ以上ない気持ちだ。ところが、おじさんがいきなり僕を捕まえてきた。浮かれていたせいもあって避けることが出来なかった。
「お嬢ちゃん、頑張ったご褒美だ。可愛がってやってくれよ」
「そんな!悪いですよ……!」
「良いんだ。娘の為に受け取るのが親ってもんだ」
「あ、ありがとうございます……!」
いや待ってよ!僕は行きたくないんだってば……!
袋の中は暑くて息苦しい。それでも体を動かして抵抗する。
「まだこの子元気だねー!」
「そうだな。早く帰って水槽に移すか」
父親の言葉に心が凍りついた。また水槽に入れられるの……?嫌だよ。この袋から逃げ出したい。そんな微かな願いも散って、親子が乗る車に連れられる。熱い暑い時間が地獄のようだ。
肌寒く感じて目を覚ます。どうやら気を失っていたらしい。辺りを見渡すと見たこともない景色が広がっていた。空は地に転がり、鳥は闇に紛れて羽ばたいている。現実感がないこの場所は、まるであの世みたいだ。そういえば目線もおかしい。いつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。とりあえずどこかに行かなくては……。そう思い、一歩踏み出す。そこであることに気づく。足があるんだ。魚だった僕にあるはずのないもの。瞬間、怖くなった僕は一目散に走り続けた。何かに追いかけられているわけでもないのに必死に走り続ける。
必死すぎて足元まで見ていなかった。地面に空洞があり、足を入れてしまった僕はそのまま落ちてしまう。落ちた先は先ほどの『金魚掬い』がある場所だった。仲間たちの姿を見て涙ぐんだのも束の間。あのおじさんが呼びかけてきた。
「そこの赤髪の兄ちゃん!金魚掬いやらないかい?」
僕は『兄ちゃん』になったようだ。もしかしたら僕は人間に憧れていたのかもしれない。何処へでも自由に行くことの出来る人間に。
「やらないよ」
小さな声でおじさんに返事をする。
これはきっと神様からの贈り物だ。だったら存分に自由に歩き続けようではないか。仲間たちを裏切った罪を背負いながら⋯⋯。
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