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「天野さん、コーヒーいかがですか?」
購買部に異動して早々に頭を悩ませたのは、ツンとするような甘ったるい匂いを漂わせている彼女、総務部の高梨だ。
隣の部署であるにも関わらず、毎日のようにやって来てはコーヒーを勧められる。
今までの経験上、彼女が俺に気があることは百も承知だった。
だからこそ、煩わしくて仕方ない。
職場は仕事をするところだ。
丁度良いパートナーを探す場所じゃない。
申し訳ないが、彼女に早く理解してもらう為にもかなり冷たく対応することに決めている。
「結構です」
目も合わせずに突っぱねると、彼女はやっと総務部に戻っていくのだった。
「佐々木、これ入力ミス」
小さなミスを連発する社員にも、ついつい冷淡に対応してしまう。
口数も少なく愛想の悪い俺は、この部署で早くも浮いているようだった。
「明日の会議で使う報告書出来た?」
「ああ、はい」
男性社員の須賀から送られてきたファイルを開き目を見張った。
中々完成度が高い。
「ありがとう。細部までわかり易く説得力に長けてる。これなら上も文句はないだろう」
「いや、それが」
率直に評価したのに、須賀はどこか気まずそうにして言葉を濁した。
「どうした?」
俺の視線が冷たすぎたのか、須賀は白状するように述べる。
「……唐田さんが手伝ってくれて。っていうか、ほとんど」
唐田。確か他の社員からもよく聞く名前だ。
ちらりと一瞥すると、至極真剣な顔つきでパソコン画面を凝視し、驚異的な集中力を見せキーボード入力している彼女。
彼女も俺と同じく内向的な人間のようで、他の社員ともあまり交流をしていないらしかった。
周りと談笑している姿も一度も見たことがない。
にも関わらず、これだけ同僚達から信頼され、一目置かれているのも珍しい。
気になって開いてみた彼女の受け持つ仕入れシート。
どの項目もミス一つなく、肝心の仕入れの方も完璧と言っていい。
在庫不足にも過多にもならず、最も良い塩梅で注文できているのは、三年かけて修得した匠の技のようだ。
そういうプロ意識の高い人間は、嫌いじゃない。
ふっと笑いそうになるのを堪えて、思い切って彼女に呼びかけた。
「唐田、ちょっといいか?」
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