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突然呼ばれたことに困惑しているのか、彼女は緊張の面持ちで俺のデスクに近づく。
「申し訳ありません。何かミスが」
自信なさげな不安そうな瞳で俺を見つめる彼女。
なんでそんな顔するんだ。
全く非の打ち所がないどころか、もっと評価されるべきなのに。
「この報告書、素晴らしかった」
「…………え?」
目を見開く彼女に、何故か俺はスイッチが入ったように熱弁してしまう。
「一つもミスがないどころか、とても見やすく工夫されている。読み手のことを考えたフォント設定とグラフ作り。改善点も一目瞭然だ。どうもありがとう」
「あ……ありがとうございます!」
驚きの表情をした後、真っ赤になって目を潤ませ、深々と頭を下げる唐田。
そんな彼女を見たら、ますます褒めちぎりたくなる衝動にかられた。
「君は仕入れも上手い。いつも助かってる」
しかし、途中から我に返ってハッとするのだった。
数年前の、同じような光景を思い出す。
唐田のように真面目な女性社員の働きぶりに感銘を受けて、こうやって同じように褒めたことがあった。
もちろん別の思惑や下心なんてない。
しかし彼女はその日から、俺を異性として意識するような行動を見せるようになり、あんなに夢中になっていた仕事中も上の空で俺につきまとった。
落胆して諭すと、相当なショックだったのか彼女はそのまま退職してしまったのだった。
余計なことを言わなければ良かった。
あの時、そうやって後悔した。
思わせぶりな態度で彼女を惑わせて傷つけ、有望な人材を失ったのだ。
……もう、あんな失敗は犯さない。
そう胸に誓って、これ以上褒めることはぐっと堪えた。
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