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その一件があってから、内心唐田のことを警戒していた。
同じように彼女を惑わせていたとしたら、アプローチを受けるかもしれない。
そうならない為にも、気を引き締めて彼女に接しないと。
しかし杞憂に過ぎなかった。
可笑しいくらい、唐田は俺なんて眼中にない。
高梨のように理由をつけては近づいてくることもないし、会話はおろか視線すら一度も合わなかった。
少し自意識過剰だったらしい。
そんなふうに自分に呆れるのと同時に、逆に彼女のことを目で追ってしまうことに気づいた。
いつ見ても、集中力を途切れさせずに全力で業務に没頭している唐田。
本当にミスが少ないし、手が空いた時はさり気なく周りのフォローに回っているのが覗えた。
俺のように無口で愛想が良いわけではない。
だけど誰に認められるわけでなくても、自分の仕事に打ち込み、日に日に成長していた。
そうか。俺と違うのは、彼女はこの仕事に愛情と誇りを持っているんだ。
「いつもありがとうございます」
業者との電話応対時の彼女は、電話越しの相手に向かっていつも最後にゆっくりと頭を下げる。
そして、密かに柔らかく微笑むんだ。
その笑顔は目を奪われるほど綺麗で、胸が高鳴るのを感じすぐに視線をPC画面に戻した。
何やってんだ、仕事中に。
彼女を見習って、俺も再び業務に専念する。
立て直してやろうじゃないか。
そしてこの部署を、もっと彼女が正当に評価され活き活きと働けるような環境に整える。
可笑しなモチベーションを得た俺は、その日からこの仕事に愛情を持てるようになったのだった。
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