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____「高梨は結局退職したんだって?」
上層部との会議後、部長は呆れたように苦笑した。
「そうみたいですね」
散々噂を流しておいて、悪事が露呈された途端とんずらをこくとは、最後までたちが悪い。
「モテる男も大変だな。社員達からまだ噂されてるんだろう?」
「平気です。周りの目とか気にしないんで」
端から信用してないし。
そう思う自分に少し寂しさを覚えた。
この間、しおりと敦子さんの信頼関係を目の当たりにして絆されてしまったからか。
「まあ無事出向も決まったし万々歳だな。よっ、出世頭。引き継ぎは順調か?」
「はい。問題ありません」
無事に出向先の親会社とも正式な契約が締結できたし、引き継ぎもスムーズに進んでいる。
購買部は異動してきた当初よりもだいぶ落ち着き、円滑に業務を
運営できていると感じる。
一人一人の生産性も上がり、チームワークも充分だ。
佐々木のミスも減ってきたし、須賀の資材や市場に対する知識も深まっている。
南と山内の発注入力のスピードも上がってきた。
信用していないといいつつ、なんだかんだこの部署に愛着を感じていたことに気づく。
しおりは今日も粛々と、しかし大きな愛情をもってPC画面に向き合っているだろう。
自分の出せる最大限のポテンシャルを発揮して、どんなに些細な仕事にも価値を見出して。
もう少しだけ、ここでこの部署を見ていたかった気もする。
そんなふうに密かに微笑んでドアを開けた瞬間、購買部の面々は一斉に俺を見つめた。
業務中に集まって何をやっているんだ。
たった今心の中で褒めたというのに、前言撤回だな。
しかし輪の中にしおりの姿もあったことから、単なる無駄話ではないと察した。
まさか、俺のセクハラ問題についてか?
「どうした?」
困惑する俺に向かって、須賀は柔らかく微笑んだ。
「課長、俺達潔白だって信じてますから」
「須賀……?」
「唐田ちゃんが証人じゃ、信じざるを得ないっすよ」
しおりが顔を赤らめながら申し訳なさそうに小さくなっているので、なんとなく経緯はわかってしまった。
「課長、負けないで下さい」
「私達がついてます!」
「天野さんがそんなことするわけないですよ」
山内達が口々にそんなことを言い出し面食らう。
まさかこのような形で社員達から励まされるとは、露ほども思わなかった。
四方八方から柔らかい眼差しを向けられ、突如として胸に温かなものが溢れ出す。
俺にもこんな感覚、残っていたんだな。
「……皆、ありがとう」
こういう時は、しおりを見習おう。
素直に喜びを表す俺に、周囲は突然固まって笑顔を失った。
「………………」
「………………」
「どうしたんだ皆」
青ざめた佐々木と須賀が呟く。
「……課長、笑顔可愛すぎますって」
「逆に引くわ」
なんだよ。人がせっかく心を開いたっていうのに。
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