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「お待たせー!おっ、しおりちゃん、今日も天使や~ん!」
……来た。
公の席でもスタンスを全く変えない壮介にイラッとする。
「初めまして、弟がお世話になってます。兄の壮……あれー?美女はっけーん」
突然目の色を変えて敦子さんに近づく壮介を、流石に見過ごせない。
しかし席を立った瞬間、先に壮介は地面にへたり込んだ。
うちの母が脳天からチョップを食らわせていたからだ。
「……申し訳ありません。大変失礼致しました」
母の引きつった笑顔に、一瞬にして場の空気が凍った。
「初めましてっ!父でーす!今日は唐田さんと良い酒が飲めると聞いてかけつけました!」
空気を読まない父も現れて、俺は早々に頭を抱える。
「大丈夫ですか?聖実さん」
「……うん。申し訳ない」
心配そうに見上げるしおりに苦笑した。
「あなた!今日だけはお酒やめて!」
「なんでよー!今日の為に禁酒してきたんだよー!解禁だよー!ね、唐田さん!」
「…………え?は、はい」
いつの間にか注文していた赤ワインを、しおりのお父さんのグラスになみなみとそそぐ父に辟易する。
「すみません、お義父さん。相手にしないでいいですから」
そう言っても、お義父さんは意を決したように一気にワインを飲み干した。
「おー!唐田さん良い飲みっぷりですねー!気が合いそうだ」
「……どうも」
二人で先に乾杯している姿がシュールだ。
「敦子ちゃんっていうんだー。もろ好み。今度俺のジム来てよ」
「……考えておきます」
「何だよあっちゃーん!クソ!俺から一度に姉ちゃんとあっちゃんを奪うなんて……許すまじ天野兄弟!」
向こうでは壮介と克也くんが騒ぎ出していて肝を冷やした。
「ごめんねしおりちゃん!この子は大丈夫だから!父と壮介の反動で良い子に育ったから!信じてぇー!」
「わ、わかってますよ!皆さん素敵です!」
「ありがとぉぉぉぉぉ!」
隣では母がしおりに泣きついていて、もう収集がつかない。
「あら、このゼリーみたいなやつ凄く美味しいわ!海老はいってる」
「お母さんまだ食べないで!」
お義母さんはマイペースに食事を楽しんでいる。
カオス状態の中、胃がキリキリと痛み始めた頃、突然お義父さんが思いきりテーブルにグラスを置き、その音で個室は静まり返った。
……まずい。
まさかこの家族とはやっていけないと、結婚を白紙に戻されるんじゃ……。
「聖実くん」
「はい」
彼は迫真の眼差しで俺を見つめ、その真っ直ぐな視線に固唾を呑んだ。
「……しおりは私達の大切な娘です。どうか幸せにしてやって下さい」
深々と頭を下げられ、面食らって声が出なかった。
「お父さん、お酒が入ってやっと本音を伝えられたのね」
見守るようにお義母さんが微笑む。
「お父さん……」
驚いて目に涙を浮かべるしおりに、思わずもらい泣きしそうになる。
俺は負けじと真っ直ぐにお義父さんを見つめた。
「信じて下さい。必ず幸せにします」
「約束だぞ」
「誓います」
差し出された手を握った瞬間、温かな拍手が響いた。
「酒の力って偉大だよなー」
手酌でワインを飲み出す父にチョップを食らわす母。
しおりは唖然とした直後、噴き出したように笑った。
あまりにも楽しそうに笑うから、つられて俺も顔が綻ぶ。
「……すみません。楽しくて」
改めて、しおりと家族になれることを幸福に思った。
「じゃあ、改めて乾杯しましょうか」
敦子さんのかけ声と共に、俺達はグラスを合わせる。
なんだかんだ和やかに食事を楽しむ家族達の目を盗んで、テーブルの下でしおりの手を握った。
「ねえしおり、今日ここのホテル一室とってあるから」
耳元で囁くと途端に真っ赤になるしおりは、俺の意図していることに勘づいているようだ。
「早く二人きりになりたい」
小声で囁いて指を絡めた瞬間、壮介達は俺を睨みつける。
「イチャイチャすんなよ!……いや、してもいいのか。いいなー、俺も敦子ちゃんとイチャイチャしたいな」
「許さねえ天野兄弟!」
再び騒ぎ出す家族達を眺めながら、俺達は微笑み合い、テーブルの下でこっそり握る手の力を強めた。
【おしまい】
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