誘惑

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***  上條課長をうまいこと自宅に招くことに成功した私は、すぐに帰りたそうにしている彼を足止めすべく、キッチンでコーヒーを出す準備をする。 「ポトフをお持ち帰りする用意をしますので、どうぞくつろいで待っていてくださいね」 「おかまいなく……」  小さなテーブルの前に正座して待つ上條課長。手にはスマホを持っていて、美羽先輩と連絡を取り合っているのか、難しい表情を崩さなかった。  コーヒーメーカーに豆をセットしてスイッチを押し、あとはできあがるのを待つだけにして、舌なめずりした私はさっさとキッチンから離脱した。 「美羽先輩、体調はどうなんですか?」  言いながら上條課長の隣に座り込み、端正な顔を覗き込んだ。くっきりした二重まぶたの双眼が私を見るなり顎が引かれ、距離をとられる。 「美羽の体調はあまりよくないみたいで、晩ご飯を外で食べてきてほしいって頼まれた。食事の匂いがどうにも受け付けないらしい」  見ていたスマホをポケットにしまい、目を逸らして告げられたセリフは、嘘かそれとも本当のことなのか――どっちにしてもここに長居をしてくれることが決定したので、私としては嬉しかった。 「そうですか。だったら一緒に、晩ご飯を食べちゃいましょう」 「ありがとう。助かる……」  私は立ち上がってから、上條課長の頭を撫でてあげる。 「なっ、なにをして!?」  突然おこなった私の行動に、上條課長は戸惑ったのだろう。頭を撫でる手を掴み、遠くに放り投げた。あからさまな拒絶を目の当たりにして、私の闘志に火がつく。 「だって上條課長、ずっと頑張りっぱなしですもん」 「そんなことはないって」 「そんなことあります! 家のことをしたり、美羽先輩の心配をしたり、会社でもずっと頑張っているでしょう?」  そして私からのアプローチをやんわりと断り続ける毎日は、どんなにストレスになっているのか、ぜひとも数値化して実際みてみたい。 「それは夫として、当然の義務というか……」 「それなのに誰も褒めないのは、やっぱりおかしいなぁと思ったんです。だから撫でちゃいました」 「だからって、いきなり撫でるのはちょっと……」  上條課長は肩を竦めながら、顔を俯かせて照れる。その姿がすごくかわいくて、腰を屈めて顔を近寄せながら、じっと眺めてしまった。
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