終焉

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「成臣くん、飛び込むわよ」  先陣を切ろうとした千草ちゃんよりも一瞬だけ早く動き、扉を引いてみる。鍵はかかっておらず、すんなり開いた。 「靴を脱がずに入るぞ」  扉を開けたときから怒鳴り声がうるさいくらいに聞こえていたので、さっさと中に入らなければならない状況だった。俺のかけ声で千草ちゃんは黙ったまま頷き、一緒に突入する。そこで目にしたのは――。 「や、やめろ、やめてくれ!」  物がぐちゃぐちゃに散乱している床の上で、手足をバタバタ動かしてうつ伏せになってる上條さんに、両手で包丁を持った春菜が襲いかかる瞬間で、俺が止める間もなく、とがった包丁の切っ先が吸い込まれるように背中に突き刺さった。 「ぎゃっ!」  真っ白いワイシャツに血が滲む。包丁の切っ先がちょっとだけ突き刺さった感じは、骨が邪魔したせいで刺さらなかったのか。刺された箇所の出血も酷い感じではなかったため、すぐに死なないだろうと見た目で判断した途端に、目の前になにかが勢いよく投げつけられた。それを手で受け止める間もなく、顔面でキャッチした俺は、無様にその場でひっくり返る。 「いてててっ……」  起き上がりながら顔面を擦ったら、てのひらに血がついた。俺のすぐ傍に落ちている物が千草ちゃんの持っていた大きな鞄だとわかり、鼻血の原因のシュールさに、呆れ果てたときに。 「放してよ! 良平きゅんを消さなきゃ、春菜は翼くんと一緒になれないんだから!」  ヒステリックな春菜の声が、室内に虚しく響き渡った。鼻を摘まんで声がしたほうを見たら、千草ちゃんが春菜の手から包丁を取りあげたらしく、なにかの決め技で体を押さえつけているところだった。上條さんは横たわったまま、刺された場所を手で押さえて呻いている。  スマホで警察と救急車を要請し、上條さんの傍に向かう。すぐに鼻血がとまったのがさいわいだった。 「上條さん、大丈夫ですか? 救急車呼びましたから、もう少し我慢してくださいね」 「我慢なんかしてられるか! 2回も刺されたんだぞ、左半身が痺れて動かないなんて、もうすぐ死ぬかもしれないだろ!」 「どうしてこうなったのか、ご自身がこれまでおこなったことを、よぉく考えてみてください。それとこれ以上騒ぐと、もっと出血しますよ」  喋るたびに力が入るせいか、背中を押さえているてのひらから、じわりじわりと血が滲んでいるのが見てとれる。 「くそっ、俺はなにも悪くない! 好きな女を守っただけなのに」  頭を床に打ちつけながら悔しそうに怒鳴る上條さんに、『それは違う。歪んだ愛情を押しつけても、相手が迷惑なだけ』と教え諭そうと思ったがやめた。春菜に刺されたことで興奮状態になってる今じゃ、誰の言葉も耳を貸さないだろう。 「お大事に……」  踵を返して、千草ちゃんと春菜の元に向かう。 「なんなのよ、アンタ! 春菜の邪魔をしないで。良平きゅんをこの世から消し去って、私は翼くんと一緒になるんだから!」  千草ちゃんに体重をかけられながら、うつ伏せの状態で押さえつけられているというのに、血走った目で背後を睨みつける春菜の様子は、マトモに見えるものじゃなかった。 「千草ちゃん、変わろうか?」 「大丈夫。暴れたらフォロー頼むわ」  足元に落ちてる包丁を蹴飛ばして遠くにやり、安全をしっかり確保した。 「上條春菜さん、彼には殺す価値もないですよ」 (こんなことを言ったところで、この女の異常な思考では、理解できないだろう。目が常軌を逸してる。好きな白鳥に思いっきり拒絶されたところに、夫にDVをされたことで、完全に精神が崩壊したのか――)
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