終焉

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 顔面に複数回殴られた痕、多分体にも同じようなものがあるに違いない。幼なじみちゃんが想像している以上に心と体に傷のついている春菜が、体重をかけて押さえつける千草ちゃんから逃れようと、ヨダレを垂らしながら両肩を揺すった。  千草ちゃんのフォローに入ろうとした矢先に、外野の声が室内に響く。 「おい、そこのてめぇ、なんで見ず知らずの人間に、価値がないとか言われなきゃならないんだっ!」 「そんなに大声を出したら、失血死しますよ。俺は貴方が浮気したことや暴力を振るっていることすべてを知ってるから、クズ呼ばわりしただけなんです」  俺に意識を向けさせるべくして、春菜に声をかけたのに、めんどくさいのに絡まれてしまった。しかしながら失血死すると言ったセリフで、やっと大人しくなってくれたことにほっとする。 「春菜はね、運命の相手の翼くんと一緒になるために、絶対に殺さなきゃダメなの。翼くんにかけられている呪いを、急いで解かないと!」 「呪い?」 「美羽先輩を好きっていう変な呪い。良平きゅんのはどうでもいいけど、翼くんのは春菜が解いてあげないといけないんだ。両思いになるためにね♡」  頭の中がお花畑になってる状況に顔を歪ませたら、千草ちゃんが黙ったまま首を横に振った。 「そんなどうでもいい君の旦那さんは、最低のクズだな。どんな理由があっても、自分の奥さんに暴力を振るうなんて、絶対にしちゃいけないことだ。そうだろう?」  その場にしゃがみ込んで、優しく語りかける。千草ちゃんを睨んでいた春菜が、はじめて俺をしっかり見上げた。 「俺のこと、覚えてる? 白鳥の同僚の一ノ瀬だよ」 「あ……。翼くんのスマホでお話した人」 「そう、電話では話をしたけど、こうして話すのははじめてだね」 「翼くんの同僚にこんな姿っ! こんな格好恥ずかしい」  千草ちゃんから逃れようとしていた行動から一転、恥ずかしそうにもじもじしだす。 「大丈夫。どんな格好でも春菜さんは、すごくかわいいから」  俺が褒めた途端に、春菜は嬉しげにほほ笑む。口からたらりと、ヨダレが一筋こぼれたままに。 (うわぁ、ホラー雑誌の表紙になってもおかしくない絵面じゃないか……)  ひきつり笑いする俺を、千草ちゃんは白い目で眺めた。こんな状況でなにを言ってるんだと思っているんだろう。千草ちゃんの瞳がそれを示している。 「一ノ瀬さん、春菜には翼くんがいるから、どんなことを言われても、付き合うことはできないんだからね」 「わかっているよ、うんうん」  女のコを落とすときに使っているようなセリフを言って、千草ちゃんだけじゃなく、春菜にまで誤解されたら、さらにめんどくさいことになるのを悟り、頭の中を仕事モードに切り替える。 「春菜さんに話しかけたワケは、君がおこなってきたことを是非とも記事にしたいと言ってる人がいるんだ」 「春菜のことを記事にするの?」 「俺じゃなくて、白鳥の上司にあたる副編集長が、春菜さんの半生に大変興味を抱いてね」  副編集長を誇張するように告げたのは、春菜の意識を俺から逸らすため。 (――どうかねっこり、副編集長のことを好いてやってください!) 「春菜の半生って、モテる春菜を記事にするってことぉ? くふふっ」  顔の下にライトを照らしたら、さらにホラー感が増すことがわかりすぎる春菜の笑みにゾッとしながらも、なんとか交渉を続ける。 「春菜さんがモテていた理由や交際の経緯を含めて、雑誌に掲載したいんだって。君がしてきたこと全部を載せることになるけど、それでもいいかな?」 「いいわよ。春菜がこれ以上モテたら、翼くんが妬いちゃうかもしれない♡」 「成臣くん、正気じゃない彼女にこんなことを聞くって、ちょっと……」  もっともなことを指摘した千草ちゃんに、俺は語気を強める。 「会話が成立してる。彼女はまだ正気だ」 「だからって――」 「人ひとり殺しておいて、やっと手に入れた男に刃を向けて殺そうとしながらも、運命の男だと思い込んだヤツを、同じように卑怯な手段で奪おうとする女を見過ごすことなんて、俺はどうしてもできない」  譲れない気持ちを込めるために、演説のような熱のこもった言い方で告げた。ちなみに俺と千草ちゃんが話をしてる間も、春菜はなにか喋っているがスルーした。『春菜、雑誌に載って有名になったらどうしよう』等など、違う国に逃避していたから。 「成臣くん……」 「春菜のこともそうだけど、彼女に落とされた馬鹿な男についても、合わせて記事にしたいんだ。幼なじみちゃんの恨みを晴らすために、それくらいしてやりたいと思ったらダメなのか?」 (記事を書くのは副編集長だけど、今回のことをまとめた資料を読めば、俺の意図くらいわかるだろうさ) 「そんな顔して、説得力のあることを言われちゃったら、反対なんてできないわよ。頭の回る人って、ホント厄介よね」  苦笑いで俺を見、春菜を押さえつける力を込めた千草ちゃん。遠くからサイレンの音が耳に聞こえてきた。 「フィナーレを報せる音みたいだな。誘導しに行ってくるけど、千草ちゃん大丈夫?」 「私を誰だと思ってるの? 余裕に決まってるでしょ! 行ってらっしゃい」  余裕と言っていても、ずっと押さえつけるが大変なのがわかるので、急いで立ち上がって駆けだす。マンション前に停められるであろうパトカーや救急車を誘導するために、人生で一番早く足を動かした。  フィナーレを報せる音に耳を傾けつつ、復讐の幕をおろすための記事の構成を考えた。春菜が傷害事件を起こしたことにより、実名報道になることがわかるので、それに合わせて内容の変更や、雑誌に掲載するタイミングを考えなければならない。社会的な制裁を、彼らが徹底的に受けるために――。
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