終焉

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「美羽が俺をたくさん好きになってくれるように、俺の愛情をあげたいって思った」  肩に触れてる学くんの大きな手に、力が込められた。同時に、指先が小さく痙攣しているのも伝わる。抱きしめられたのがはじめじゃないものの、緊張感を隠せない彼に想いを知らせなきゃと口を開く。 「……私は学くんが好きだよ」  唐突にストレートすぎることを告げられたため、対処にひどく困った。 (どうしよう、学くんの言葉に対して、これ以外の言葉が浮かばない。というか、緊張がうつってしまいそう) 「美羽の心に、余裕があるんでしょ?」 「たぶん。憎いとか恨みとかそういう感情のところに、スペースがあるような気がする」 「だったらそこに俺の愛情を突っ込んだら、もう誰かを恨むことがなくなるんじゃないかなって」 「それは……」  誰かを恨む私が醜くて、そんな姿を見たくないから言ったのかと思った。 「今のところ、俺のほうが美羽のことが好きなはず。だって小学5年のときから好きだったんだぞ」 「ぅ、嘘っ! 最近好きになったんじゃなく、そんな昔から好きだったのぉ?」  驚きのあまりに、変な声が出た。てっきり復讐の手助けをしている最中に、同情からそういう感情にシフトチェンジしたと思っていただけに、頭が一気にパニックになる。 (ちょっと待って。小学5年生の学くんが年上の私……女子高生を好きって、なにかがあったっけ?) 「好きだったよ、ずっと。子連れでもいいから離婚しないかなって考えていた俺のほうが、今の美羽よりも悪いヤツだと思うけどさ」 「学くん……」  切なげにほほ笑む学くんに、私はどんな顔をすれば正解なのかわからず、真顔になってしまう。 「授かり婚して、しあわせそうな姿を見てる一方で、そんなことを願ってしまうくらいに、俺は美羽が好きだった。おめでたい幼なじみに最低なことを思う俺は、傍から見たら酷い男でしかない」 「そんなことない、学くんは綺麗だよ!」  自虐しながら笑う彼に、否定する言葉を告げた。 「きれい? どこが?」  目を見開いて首を傾げる学くんの体に、ぎゅっと縋りついた。隙間ができないように強く抱きしめて、逃がさないようにした。 「ずっと変わらずに私を好きでいてくれたその気持ちは、どんなものよりも綺麗だと思う。そんな気持ちを持ってる学くんだから、私は好きになったんだよ」  学くんがずっと好きでいてくれるような、できた人間じゃないのに、なにがどうしてこんなに好かれてしまったのやら。 「学くんが小学5年のときに、その……好きになるようなことがあったの? たとえば制服姿の私がよく見えたとか、下着を見てしまったとか」 「は? そんなんじゃないって!」  即答した彼を上目遣いで見、顎を引きながら思いきって告げる。一応気を遣って小さい声で。 「……だって学くん、当たってる」 「!!」  私の指摘に慌てて腰を突き出して、それが当たらないようにほどこしてくれた。傍から見たら私たちの格好は、かなり笑えるものになっているような気がする。 「好きで勃っているワケでは……いや好きだから、こんなふうになってしまってるだけだから」 「うん……」  男の人は大変だよね。特に学くんは若いわけだし――。 「学くんに聞きたいことがあるんだけど」 「この体勢ちょっと恥ずかしいから、一旦離れたほうがいいと思う」  両腕をパッと外して学くんを解放したら、花壇に向き合うようにしゃがみ込む。恥ずかしそうに顔を隠しながら、背中を丸める彼に思いきって話しかけた。 「学くんがくれたドライフラワー、ここの花壇の花なんでしょう?」 「うん、そうだよ」  私からの質問が、さっき気を遣って、副編集長が教えてくれたことを喋った学くんの、お返しみたいになった。 「だけど私にくれた花とここの花は、花びらの先端の色が違うんだけど、学くんがなにかしたの?」  不思議に思ったことを口にした私に、学くんはポケットからスマホを取り出して手早く操作したあと、無言でそれを見せてくれた。それはひとつだけ花がないものを、大きく撮影した写真だった。 「学くん、この写真は――」  スマホを手に取り、目の前にいる彼に訊ねると、膝から顔を少しだけ出して花壇を眺める。
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