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「あーそうそう。この長谷川春菜って女がヤバいヤツって言った、もうひとつの理由が、女友達がいないってことなんだ」
学くんはなにかを思い出したのか、持ってきていた鞄から小さなメモ帳を取り出し、手早くパラパラ捲る。
「女友達がいない!?」
耳を疑う事実に、目を何度も瞬かせてしまった。私の周りにそんな友達はひとりもいないから、どうしても驚きを隠せない。
「女の敵は女なのか知らないけど、インスタのフォロワー数が極端に少なくてさ。おかげで調べるのに、全然苦労しなかったというわけ」
「なるほど。すごいね学くん」
ニッコリ笑って褒めた瞬間、お酒を飲んだ人みたく、学くんの顔が一気に赤くなった。
「こっ、こんなのは当たり前っつーか、知らないほうが変なんだって」
「ふふふ、すごいすごい」
「美羽姉、俺をからかうのも、いい加減にしてくれよ」
持ってる小さなメモ帳で、顔の前をパタパタ仰ぐ学くんの視線を避けるように、まぶたを伏せて俯いた。
「ごめんね。笑っていないと、おなかが痛んでしまいそうな気がするんだ」
見えないなにかから守るように、両腕で抱えたおなか。まだ大きくはないけれど、この中には確実に良平さんと私のコがいる。
次々に突きつけられる現実は、どれも見たくないものばかりで、すべて直視したくなかった。だけど学くんやお母さん、そして私の中にいるこのコが支えてくれるから、頑張ることができる。
「私、これを持って、長谷川さんと話し合いしてくる」
「美羽姉……」
「まずは彼女と話し合いをして、良平さんと別れてもらうところからはじめようかと思ってる。同じ会社にいる以上、そうしてもらったほうがいいと思うんだ」
俯かせていた顔を上げて、キッパリ言いきった私に、学くんがなにかを言いかけてから、強く唇を閉じて口を噤む。
私の視線が注がれる最中も彼の瞳が悲しげに揺らめき、やがて諦めた表情のまま問いかけた。
「……この写真も使うか?」
いつもより低い声で訊ねた学くんが、数枚の写真を私が見やすいようにテーブルに置いた。物陰から撮影したと思しきそれは、良平さんと長谷川さんたちだってわかるくらいに、鮮明に映された決定的な浮気現場だった。
「学くん、ありがとう。ありがたく、これも使わせてもらうね」
並べられた写真は、どうしても手に取れなかったけど、言い逃れのできない現状を彼らに突きつけたら、どんな顔が見られるんだろう。
「長谷川春菜と会う日、俺も証人として顔を出したいから、日時をラインで教えてくれよな」
「わかった。学くんがいるだけで、すごく心強い」
少しだけしくしく痛むおなかを左手で擦ったら、蛍光灯の明かりが結婚指輪を眩しいくらいに煌めかせた。長谷川さんと良平さんを別れさせたあと、離婚に向けて突き進む道を照らすかのようなその輝きに、つい見惚れてしまったのだった。
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