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約束の場所に10分前に到着して、店先で佇んでいると。
「さすがは美羽先輩っ! お久しぶりです」
香水の匂いをぷんぷんさせた長谷川さんが、小走りでヒールを鳴らしながら目の前に現れた。キツイ香りが鼻腔に突き刺さり、思わず口元を押さえる。この時点で軽いジャブを入れられたのがわかったからこそ、あえて苦情を言わずに、怒りをこめて彼女の顔を睨みつけた。
「ごめんなさーい。お妊婦さまには、この香水はくどいですよね。いつもの習慣でつい、全身にかけちゃいました。良平きゅんが好きな匂いなんですよ」
(良平きゅん!? そんな呼び方してるの……。それを許してるあの人もどうかしてる)
目を白黒させて長谷川さんを睨む私に、満面の笑みを崩さない彼女。余裕がありすぎるその様子に不安が駆られて、ふたたびおなかが張っていく。
「つっ……」
「ほらぁ、さっさと中に入ってお話しましょ。久しぶりに美羽先輩とお喋りできるの、すっごく楽しみにしてたんですよ」
「楽しみにしていたなんて――」
言いながら右手でおなかを押えたら、仲のいい友達がするみたいに、肩を叩かれた。
「同じ男を共有してる間柄なんですから、仲良くしたいじゃないですか」
「ふざけないで! 誰が貴女と仲良くなんてするわけがないでしょ」
気安く肩を叩く手を払いのけながら、怒気を含んだ口調で怒鳴ってしまった。ファミレスの店先で一方的に長谷川さんに噛みつく私を、通りすがりの人たちがギョッとした顔で目に留める。
「怖いなぁ。この間美羽先輩の実家に行った良平きゅんを、今みたいな感じで怒鳴ったんだって?」
「そうね。普段私に叱られることのない彼が怒って、苛立ちまかせにお酒を煽ってから、長谷川さん家に行ったんじゃない?」
向こうのペースに乗せられかけたのを悟り、慌てて笑顔を作りつつ質問を質問で切り返し、良平さんの行動履歴を口にした。
長谷川さんはファミレスの扉を開けながら、「正解です。大変だったんですよー」なんて呑気な返事をしたことで、私のとった言動にまんまと騙された彼の単純さがわかって、苦笑いを浮かべる。
(大人なのに、妙に子どもじみたところがある良平さんが好きだったのになぁ……)
そんなことを考えながら、ウェートレスのあとに従う長谷川さんの後ろをついて歩いた。
「お姉さん、オレンジジュースふたつお願いします」
座席に腰をおろした途端に、勝手に注文した彼女の自由奔放さを目の当たりにして、呆れてものが言えない。
「ここのオレンジジュース、100%なんですよ。おなかの赤ちゃんにも良さそうですよね」
「お気遣いありがとう。早速なんだけど、これを見てくれる?」
静かに告げて、鞄から浮気の証拠になる書類と写真を取り出し、長谷川さんに見えるようにテーブルに広げた。それを目にした瞬間の彼女の表情――まるでプレゼントをもらった小さな子どものように、目を輝かせて嬉しげに微笑んだ。
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