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「こんなことくらいで、私が泣くわけないでしょ。バーカ!」
歪んだ笑みを頬に浮かべながら、私の顔を見据えた。
「長谷川さんが泣いてなくてよかった。めそめそされると、私が泣かしたみたいになるし」
長谷川さんにバカにされても負けじと、私もニッコリ微笑む。
「やっぱり泣けばよかった感じ? 繊細な美羽先輩は、周りの目が気になりますもんね」
ケロッとしてる彼女の確信に迫るべく、声のトーンを落として問いかけた。
「それで本音はどうなの? さっき言ったことは真実じゃないんでしょう?」
「あー、まぁねぇ。私の男性遍歴は、実験の結果みたいな感じというか」
煩わしげに長いウェーブヘアをかき上げて、彼女から漂うキツい香りを拡散された。瞬間的に息を止めて、気持ち悪くならないようにする。そのせいでおなかに力が入り、張りが一層強くなった。
「実験の結果?」
男性遍歴と実験の結果という相容れない言葉に、少しだけ眉根を寄せてしまう。ほほ笑みが崩れてしまうが、いたし方ない。
「傍からみてもお似合いのカップルや、おしどり夫婦がいたとするでしょ。実際、会社にもいるよねぇ」
無言のまま首を縦に振る。
「どれくらい、ふたりは互いを想い合ってるのかなぁと思って、調べただけなんですよ。それが面白いくらいに、私に入れ食いするもんだから結局のところ、仲を引き裂く結果になってるんです」
「仲を引き裂くように、貴女が誘導していると私は思うわ。その体を使ってね」
長谷川さんの性格ならやりかねないことを、濁すことなく言ってやった。
「上條課長だって、最初は嫌がってましたよ。私からのアプローチ。あからさまに避けられていた時期もあったんですけどぉ」
肯定はおろか否定すらせずに、話が勝手に進んでいく。
「ある日突然押し倒されて、無理やり関係を強要されたんです」
「……あの良平さんが、そんなことをするとは思えないけど」
今は平然とそういうことをしそうだけど、以前の彼なら人を傷つけるようなことをしない。とても優しい人だから、私は好きになった。
「そんなことをしそうじゃない人に限って、裏の顔があるものですよ。証拠だってあります」
言いながら広げられた証拠品の上に、無造作に置かれた長谷川さんのスマホ。画面をタップすると――。
『いやぁっ、やめてくださいっ、上條課長』
『逃げてもムダなのにな。オラオラ!』
良平さんの声が聞こえた刹那、ビリビリという布地が破れるような音がした。
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