対峙

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 まるで学くんをけしかけるような良平さんの言葉に、私は素早く身を翻して、ふたたび拳を振りあげた彼の右腕にぎゅっと縋りついた。 「学くん、お願い。こんな人のために、自分の手を汚さないで!」  懇願する私のセリフを聞いた学くん。悔しそうに唇を噛み締めた彼の右腕から、すっと力が抜けていくのを感じた。それと同時に、学くんの左手が良平さんのジャケットから外される。その様子に安堵して手を放し、目の前に視線を移した瞬間だった。いきなり良平さんの片足が、学くんの横腹を蹴りつける。  その挙動に気づけたのに、恐怖で身が竦んでしまって反応できず、蹴られた学くんもろとも、派手に床へと倒れ込む。頭上からガンッという嫌な音が聞こえた。 「!!」  音の出どころを辿ると、咄嗟に私をかばって倒れた学くんが、テレビ台に頭をぶつけたらしい。 「ちょっ、学くん大丈夫?」 (どうしよう、私のせいで学くんになにかあったら――)  抱きしめられた腕の中から学くんに問いかけたら、私たちを見下ろした良平さんが微妙に顔を引きつらせて、くつくつ笑う。 「ぶっ無様な姿だな、いい気味だ……」  せせら笑う良平さんを無視するように、学くんは頭を軽く振って、眉根を寄せながら立ちあがる。横腹を押さえて痛そうにする彼を支えつつ、私もなんとか立ち上がった。 「上條さん、自分が不倫してるからって、美羽姉まで同じことをしてるなんて思うのが、どうかしてる」  学くんは着ていたシャツのポケットから一枚の写真を取り出し、良平さんが見えるように掲げた。 「なっ!」  それは玄関先で抱き合ったふたりがキスしている瞬間で、どう考えても言い逃れができない決定的な浮気現場の写真だった。 「美羽姉はさっきまで、この女と話し合いをしていたんだ。それが原因でこんなことになった。そのやり取りはしっかり録音してる。俺と卑猥な行為をしたんじゃないからな!」 「春菜と美羽が……。話し合いぃっ!?」  正妻である私と愛人の長谷川さんが逢っていたなんて、思いもしなかったんだろう。ひとまわり大きな声を出した良平さんの表情に、驚きが満ち溢れる。 「ホントよ。なんなら音声聞いてみる?」 「は、話し合いくらいで、どうしておまえが流産したんだ。そんなのおかしいだろ」  良平さんのセリフに、学くんは傍らにあるテレビ台を殴った。ぶつけられない怒りを込めた殴打は一度きりだったのに、重みのある音が鼓膜に貼りつく。 「おかしいのはアンタのほうだ! よく考えてみろよ。妊娠中はただでさえ普通の体調じゃないのに、美羽姉が悪阻で苦しんでいるのを知りながらアバズレと浮気した。それを知った彼女が、どれだけ心を痛めたか。母体にストレスがかかりまくるに決まってる。それだけ美羽姉の体は繊細なんだぞ」 「それは――」 (自宅で弱りきった私を実際に見ている良平さんは、学くんの言葉に反論することなんてできないよね)
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