修羅

1/17

3476人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ

修羅

 美羽姉は2日ほどで退院した。当然そのまま実家に戻り、静養するとラインで連絡がきた。  そのタイミングに合わせて顔を出したかったのに、ターゲットをマークする仕事が突如入り、彼女に逢うことができたのは、それから10日後になってしまった。  病院で一切泣かなかったことを含めて、メンタルも最悪なのを知ってるゆえに、体調について訊ねても美羽姉のことだから、俺の前だと大丈夫だと強がることが想像ついた。  だから美穂おばさんにコッソリ連絡を入れて、美羽姉の様子を訊ねてみたんだ。 『病院から帰って来たときは、気丈に振る舞っていたの。だけどね、良平さんから美羽の荷物と一緒に離婚届が送られてきたときは、そりゃあもう落ち込んでしまって。役所に届を出してからは、ご飯も喉を通らなくなっているし、ずっと部屋に引きこもったままでいるわ』  傷ついた体を抱えた状態で、好きな相手に離婚すると言われた衝撃も相当なものなのに、離婚届を自分で出すことなく、美羽姉に出させる時点で、ザックリと深い傷を作りやがった。  最後の最後まで徹底して、相手を傷つける旦那さんに嫌悪感を覚えたが、今はそれどころじゃない。 「おばさん、今夜お邪魔します。美羽姉にカツを入れてやりますよ!」  元気に言い放ってからスマホをタップし通話を終えて、その場から踵を返した。俺が向かった先は、美羽姉が大好きなケーキ屋。子どものころ、美穂おばさんにあずかってもらっているときに、たまにだったけど三時のおやつとして、その店のケーキを買いに出かけたんだ。  美羽姉に手を繋いでもらったことなど、懐かしい記憶を思い出しながら、ケーキ屋の扉を開ける。スポンジの焼ける香ばしい匂いにつられるように入店し、ショーウィンドウに並ぶたくさんのケーキを眺めた。  昔とあまり変わらないラインナップに安堵しつつ、目的のケーキを包んでもらう。 (これでよし! こんなちっぽけなことしかできないけど、喜んでもらえるといいな)  好きなものを見てほほ笑む美羽姉の顔が、どうしても見たかった。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3476人が本棚に入れています
本棚に追加