修羅

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「み、美羽姉の元気が、こんな言葉くらいで復活するなら、嫌って思うくらいにたくさん言ってやるよ……」  さっき言ったことを誤魔化すように、愛想笑いを浮かべて豪語してやる。しかしながら唇の端が少しだけ引きつっているのは、どうにも誤魔化せない。 「ふふっ、だけどいい歳したおばさんに、かわいいはないかな」 「自分のことをおばさん呼ばわりしてたら、一気に老けるぞ。俺の目には、まだまだ綺麗なお姉さんという認識なのにさ」  テンポのいい会話のキャッチボールが功を奏したのか、なんとなく美羽姉の表情が明るくなったように見える。 「だってこんな私なんて、もう誰もお嫁にもらってくれる人なんていないわ。鏡を見るたびに、ため息ばかりついてるしね。不幸を背負ってます、みたいな?」 「それならその不幸ごと、俺がもらってやるから安心しろ。俺が若い分だけ、美羽姉の老後の世話もきっちりするぞ」 「誰がなにをもらうって?」  美穂おばさんがニコニコしながら、部屋に入ってくる。あまりのタイミングのよさに、俺は声にならない声を出してしまった。ふたたび顔が熱くなったので、壁に向けてそれを見えないようにするのに必死で――。 (美羽姉との会話に夢中になってて、ノックの音を見事に聞き逃した……) 「お母さん?」 「学くんが美羽の好きなケーキを、わざわざ買ってきてくれたの。紅茶を淹れたから、一緒に召し上がってね」  ローテーブルにそれらをセッティングするなり、そそくさと退散した美穂おばさん。あの発言を聞かれてしまったゆえに、これから顔を合わせづらい……。 「学くん、私の好きなケーキ、覚えていてくれたんだ」  美羽姉が勉強机からローテーブルに移動したのを見、そのまま立っているのもおかしいので、俺も美羽姉の目の前に胡座をかく。赤ら顔が見えないように俯きながら、口を開いた。 「三丁目の角にあるケーキ屋な。手を繋いで一緒に帰ることがあったとき、いつも外から中にあるショーケースを見て『いいなぁ、モンブラン美味しそう』って立ち止まるもんだから、覚えていないほうが無理だろ」 「学くんはなにかにつけて『美羽姉大好き』なんて言って点数をちゃっかり稼いで、お菓子を買ってもらおうと、私のお小遣いを狙っていたよね」  美羽姉はモンブランにフォークを突き刺しながら、楽しそうに昔話を語り出した。それに俺も合わせてやる。 「しょうがねぇだろ。おふくろのヤツ、流行りのお菓子は体に悪いからって、全然買ってくれなかったし。友だちとのコミュニケーションには、ゲームの次にかかせないアイテムだったんだ」  看護師をしているせいか、そういうところにめちゃくちゃ煩かった。まぁそれも、現在進行形だけど。
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