修羅

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***  学くんは私の顔色がいいのをしっかり確認後、調べてくれた資料をローテーブルに手早く広げた。私が見えやすいように書類を置いてくれたため、わざわざ手に取らなくてもわかる。優しさに溢れる彼の気遣いにいつも助けられていることを、こういうところで実感した。 「これがアバズレの現在だ。美羽姉と入れ替わりにマンションに引っ越しして、上條春菜になってる」 「そう。あのコ、良平さんと結婚したのね……」  私を徹底的に追い落とし、そして自分が正妻の座につく。すべてはそのために、仕組まれたことなのかな。 「良平さんを手に入れるためだけに、私はこんな仕打ちにあったというの?」 「結果的にはそうなる……」 「彼を手に入れるだけなら、わざわざあんな卑怯なことをしてまで、私を痛めつけなくてもいいじゃない。なんでお腹のコにまで……」  怒りと悲しみがいっぱいになり、思わず両手でローテーブルを叩いてしまった。手のひらに痛みを感じるくらいの強さで叩いたので、部屋の中にその音が虚しく響いた。 「私はなにも悪いことをしていないのに、どうしてこんなっ!」 「……美羽姉」  同情する学くんの視線。それを受けてもなお、負の感情がさらにヒートする。まるで竜巻がすべてのものを巻き込んで、天に向かって舞い上がるように。 「優しかった良平さんを壊されて、人格をすっかり変えて彼を奪っただけじゃなく、妊娠してる私を傷つけることで落とし込んで、あのコだけ幸せになるなんて、絶対に許せない!」 「それが、幸せに生活してる感じには見えなかったんだ……」 「どういうこと?」  不機嫌をそのままに訊ねた私に、学くんは書類に隠れるように置かれた写真を、すっと目の前に出した。 「んー、傍から見た印象だから、なんていうか。俺が持ってるカメラの腕じゃ、それをこの場で表現できないのが悔しい」 「学くんの目には、どんな感じに見えたの?」  学くんが見せてくれた写真は、あのコがゴミ袋を持って歩いている姿で、ぱっと見は日常の風景にしか見えない。だからこそ私から良平さんを奪って、幸せに暮らしていないことが、どうにも不思議でならなかった。 「アバズレが一人暮らししてるときよりも、どこか疲れきった印象かな。近隣住民から話を聞いてみたけど、騒音とか目立った苦情もないし、そもそもあまり交流自体ないから、余程のことがない限り、わからないと言われた」 「そうね、私もあのマンションに住んでるときは、ほとんど交流してなかった。悪阻で引きこもっていた時間が、結構長かったっていうのもあるけれど……」  両隣と真下の家族構成は、新婚生活を送る際に挨拶していたので知っていたものの、顔を突き合わせることはほとんどなく、それゆえに交流自体が皆無だった。 「アバズレが旦那さんの世話をしてる関係で、自分の時間が取れなくて疲れてる。だから、インスタも更新されていないのかなぁと思ったんだけどさ」 「あのコがどうなっていようと、知ったこっちゃない」  言いながら傍らに用意していたノートを、静かにローテーブルに置く。
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