修羅

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「良平さんから送られてきた手切れ金を使って、依頼しようと考えてる」 「そんなことにお金を使うなよ……」 「不倫の慰謝料を請求するために、手切れ金を使って弁護士を雇って、わざわざ裁判を起こしてあの人たちの財布を空っぽにしたところで、私の中にある憂いが晴れると思う?」  私のセリフを最後まで聞いた学くんは、なにか言いたげな唇を引き結び、顔を思いっきり歪ませながら、とても苦しげな表情を浮かべる。そんな顔をさせてしまうことに後悔はあったものの、大切な幼なじみに嘘をついてまで行動する気になれなかった。 「学くんに反対されても、私はやるから」 「駄目に決まってんだろ、そんなの。恨みを晴らしたところで、下手すりゃ犯罪者になるかもしれない可能性だってある。美羽姉考え直してくれ、失われたものだって戻ってこない。恨みに囚われて、危ない橋を渡ろうとするなって」  学くんの言うことは、もっともだと思える言葉だけど、このまま彼の言うことをきくことができない。 「そんなこと絶対に無理! あのふたりに社会的な制裁を与えて終わりにできたら、どんなにいいかって何度も思った。何度も思ったのよ、本当に!」  膝の上に置いてる両手を、爪が突き刺さるくらいにぎゅっと握りしめた。力を込めたら、次第に全身が小刻みに震えていく。 「…………」 (――恨みに囚われている私を、学くんはどんな気持ちで見つめているのかな)  だんまりを決め込んでしまった学くんのまなざしからは、私を侮蔑するような感情ではなく、憐れみのような悲しげなもので、瞳が揺らめいているのを感じた。彼が私を嫌いにならないことに、内心ほっとしながら、言の葉を告げる。 「私の失ったものがとても大きすぎて、これだけじゃ全然足りないの。あの人たちの心に、深い創痕を残すような絶望を味わわせてやりたいって、考えちゃ駄目なの?」  悲しみがあまりに大きすぎて、泣きたいのに泣くこともできない。つらいと言っても、大きく空いた心の穴がその感情を突き抜けてしまうせいで、いつまで経ってもつらいまま。ずっとループするだけだった。 「私よりもつらい境遇の人は、世の中にいっぱいいると思う。その人たちみたいに、歯を食いしばって頑張ることのできる強さが私にあれば、こんな感情に囚われなくても済むのにね……」  どうにもならないやるせなさで、顔を俯かせる。これ以上私の醜い顔を、学くんにずっと見られたくなかった。彼の瞳が綺麗すぎて、自分がとても汚い人間に思えてしまう。 「俺が美羽姉を支えてやる。それでも駄目なのか?」 「ごめんね、学くん……」  迷うことなく即答した。復讐すると決めた気持ちが、今は私の支えになっている。だから学くんの支えは必要ない。
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