修羅

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 ノックして扉を開けたら、細身の背中が目に留まった。パソコンの画面にはセクシーなポーズをとった水着姿の女性が映し出されていて、なにかの修正をしているのが見てとれる。 「一ノ瀬さん、作業中すみません……」 「あ~、なんだよ?」  ゆっくり振り返った一ノ瀬さんは俺の顔を見た途端に、どこか嫌そうに眉根を寄せた。 「白鳥、随分と腑抜けたツラしてんな。失恋でもしたのか?」  イメチェンした俺を失恋と称したこの人には、最新鋭レーダー並みの鋭い勘が備わっているため、隠し事がまったくできない。40代独身で、カメラに収めた女性すべてといい関係になっているのではと噂されるのは、彼の傍に決まった女性がいないせいだろう。 (美羽姉の支えになるって言ったのに、いらないって即答されたことが、思ったよりも堪えているみたいだな) 「失恋はしてませんけど、一ノ瀬さんに相談にのってほしいことがありまして」 「失恋してないクセに、そんなツラをしてるということは、かなり深刻なものなんだろうな。俺が知ってもいいのか?」 「俺ひとりじゃ、絶対に無理なことなんです。その……男女の関係について疎いので」  思いきって内容を晒したら、一ノ瀬さんが座ってる隣の椅子を引っ張り出して、俺に座るように顎で促した。遠慮なく腰かけたら、納得したように頷く。 「無駄に年食ってる俺に相談っていうのは、いい選択だと思う。だが俺だって、すべてに万能なわけじゃないからな。そこんところを覚えておけよ」 「はい。実は――」  俺は今まで見知ったことを、一ノ瀬さんに説明した。しかも説明していく上で、幼なじみの美羽姉の計画にのっかる理由を誤魔化しても、この人には無駄なのがわかっていたからこそ、しょうがなく自分の気持ちを含めて、切々と語るしかなかった。  俺の話を聞き終わった一ノ瀬さんが、顔色ひとつ変えずにぽつりと呟く。 「白鳥ってさ、いろんなところがもったいないのな」 「そんなことを言われましても……」 「無駄に顔面偏差値が高いのに、頭にいつも寝癖をつけてぱやぱや歩いてるし、着てる服だってぱっとしない、いつも同じものだし」 「うっ……」  洒落っ気がないのは認めるけど、それを他人にストレートに言われると、結構グサッと刺さる。 「しかも精一杯告げた言葉が『俺が支えてやる』だっけ? そんな曖昧なニュアンスじゃ、断られるに決まってる。大事な幼なじみに、おまえの想いは伝わらないって」  俺の頭からつま先まで白い目でまじまじと見つめて、一ノ瀬さんがわかりやすく解説してくれたのだが。 「あのときは、それ以外思いつかなかったんです」 「だから止められなかったんだろ、バカ者が」  言いながら自分の額に手を当てて、呆れたように盛大なため息をつかれてしまったが、午前中のことは俺としてもお手上げだった。  美羽姉の復讐をなんとかとめることができたらいいのに、実際は学くんじゃ無理だと拒否された。それゆえに、自分自身の無力さをひしひしと感じた。好きな人だからこそ守ってあげたい、絶対に守らなきゃっていう強い気持ちがあっても、俺のできることが限られていて。 「本当に俺は大バカ者です」  美羽姉の傷ついた心に、寄り添うくらいしかできなかった。復讐なんてさせずに俺の腕の中に、ずっと閉じ込めておくことができたら、どんなによかったか――。
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