鉄槌

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 気合いを入れ直したそのとき、遠くから誰かが走ってくるパンプスの独特な響きを、私の耳が捉えた。 「ごめんなさーい、調べ物に手間取っちゃって。美羽ちゃんお久しぶりね!」  その人を目にした瞬間、慌ててパイプ椅子から立ち上がり、しっかり頭を下げた。 「お久しぶりです、村田先輩」  私がこの会社に入ったときに、新人研修の際に大変お世話になった先輩だった。 「村田さん、遅かったじゃないか。先にはじめていたよ」  村田先輩が隣に座った途端に、工藤部長が横目で睨みをきかせる。そんな視線もなんのその、朗らかな笑みを浮かべてマイペースを貫き、包み込むような優しげなまなざしで私を見つめて口を開く。 「工藤部長、最初に調べ物に手間取ったって言いましたよね。長谷川春菜さんの経歴詐称のせいで、調べるのにとても時間がかかったんですよ」  村田先輩が着席したタイミングで、私もパイプ椅子に腰をおろす。 「ふーん。人事部は彼女が入社するときに、それを見抜けなかったというわけなんだね。派遣会社にも報告が必要だな」  サラッと人事部の不手際を指摘した工藤部長に、村田先輩はひょいと肩すくめて、両手をあげた。 「そのことは、工藤部長の同期に言ってください。私の代じゃないんですから。案外彼女が色仕掛けで入社してたら、すっごく笑えるんですけど。ちなみに派遣会社には報告済みです」 「女特有の武器を使ってなんて文句ばかり言うから、結婚できないんじゃないのか?」 「それ、ハラスメントですよ。私は仕事が恋人なんです。40年以上生きてて結婚したい男性に、運良く巡り逢わなかっただけかもしれないんですけどねー!」  工藤部長相手に、笑いながら毒舌をバンバン言いまくる村田先輩のメンタルの強さを目の当たりにして、昔と変わらないなぁと羨ましくなってしまった。この強さがあれば、あのコに攻撃されても、平然とやり返すことができるような気がしたから。 「美羽ちゃん、雰囲気がすっかり変わっちゃったね」  私の顔をじっと見つめて指摘されてしまったことに、誤魔化しがきかないなと思った。 「まあ、そうですね。いろいろありましたので」 「つらいときに力になってあげられなくて、本当にごめんなさい」  そう言うと、私に向かって頭を下げる。 「村田先輩、もう終わったことなので、本当に困ってしまいます!」  両手を意味なくバタつかせて顔をあげるように動かしたら、村田先輩は仕方なさそうに頭をあげた。そして私の心を見据えるように、メガネのレンズ越しの瞳に熱を込めて訊ねる。 「終わってはいないでしょう? それを聞くために、工藤部長と私は貴女の話を聞きに来たんだから」 「村田さんが来る前に、ちょっとだけ聞き出してしまったよ。どうしても気になったことだったから」 「やっぱり浮気していたでしょ?」  私から視線を外さずに訊ねる村田先輩に、工藤部長は「君の言ったとおりだったよ」とため息まじりに答えた。
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