鉄槌

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「妻が妊娠中って、男が浮気するパターンのひとつよね。父親になる自覚が全然ないから、平気でそういう不貞行為をするんだから。まぁ上條課長ひとりだけじゃないんだけど。ね、工藤部長?」 「実際それなりにいるのは事実だ、うん……」 「ね、工藤部長?」 「いるって言ったじゃないか」 「やっぱり経験者は、雄弁に語る感じですかぁ?」  赤いフレームの眼鏡をあげながら指摘する、村田先輩の冷ややかさを含んだ目が怖い。 「ぼっ、僕はそういうことは、絶対にしなかった。奥さんに聞いてみてもいいくらいだ!」  私でさえビビってしまう村田先輩の口撃で、工藤部長もたじたじだった。悪いことをまったくしていないのに、困惑している感じがあからさまに顔に出ていて、見ているだけでかわいそうになる。 「美羽ちゃん、こういう男もいるってことなの。皆がみんな、浮気に走るわけじゃないのよね」  仕方なさそうな面持ちで説明されたせいで、私は言葉を飲み込むしかない。笑っても悲しげな顔をしても、この場にそぐわない気がして、黙ったまま俯くのが精いっぱいだった。 (私は運が悪かったってことなのかな――) 「あーやだやだ、こんな雰囲気。工藤部長盛り上げてよ」 「僕は宴会部長じゃない」 「えーっ、『今日の主役は俺だ!』みたいなタスキをかけて腹踊りしたら、めっちゃ盛り上がるのに。ねっ美羽ちゃん」  村田先輩が私に気を遣っているのがわかっていても、そのテンションに合わせることがどうしても無理で、愛想笑いをやっと浮かべた。そんな笑みでも村田先輩は納得したのか、目の前でニッコリ微笑んで、テーブルに頬杖をつく。 「美羽ちゃんをこんな辺鄙な場所に呼んだ理由、貴女の話を誰にも聞かれたくないのもあったんだけど、ほかにも理由があるの♪」  まるでこれから、すごく楽しい話をしようとしているように見えるのは、村田先輩が弾んだ声で私に話しかけるから。余計なものがなにもない殺風景な室内の雰囲気が、それだけでほんのわずかによくなる。 「どんな理由ですか?」  女子トークのような会話のおかげで、すんなり問いかけることができた。 「コンプライアンスから全部見直して、腐ったこの会社を立て直そうって思ってるの!」  あまりにあっけらかんとした感じで語られたため、リアクションに非常に困ってしまい目を丸くする。びっくりしすぎて、さっきから心臓がバクバクしっぱなしだった。 (こんな大事な話を、部外者の私にしていいのかな……) 「村田さん、もっとオブラートに包んだ言い方をしたまえ。自分が働いてる会社を、腐ってる呼ばわりはないだろ……」 「オブラートに包んだとしても、腐ったものはオブラートをでろでろに溶かしちゃうんで、包んだところで無理でーす」  頬杖をつきながら顔をあさってに向ける村田先輩をスルーして、工藤部長が私に視線を向けた。 「上條課長が影でおこなっていたことを、君が資料にまとめたと言っていたが、今回の立て直しのプロジェクトに、それを使いたいと考えているんだ」 「美羽ちゃん、上條課長に対しての恨みがあって、資料を作ってくれたんだろうけど、それだけじゃないよね?」  工藤部長の真面目な話を聞いた途端に、村田先輩は頬杖をやめて私にきちんと向き直り、優しい口調で訊ねた。
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