鉄槌

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「村田さん、改革ついでに低予算で改造してくれるところを、探さないといけないな」 「もしかしてその感じ、工藤部長のツテがあるんでしょ? 顔が笑ってる」 「たった今、ラインで連絡をとってる最中。まずは見積り次第で、業者を考えてみるよ」  村田先輩から手渡された書類を見ながら、スマホで業者に連絡している工藤部長。業者を考えると言った時点で、ひとつやふたつじゃないのは明らかだった。 (このふたり、普段の仕事が早いのは知っていたけれど、連携したら会社にとって、ものすごく強みになる人たちなんだな) 「こんな感じで、美羽ちゃんがまとめてくれた書類を使いたいのよね。いいかしら?」 「村田先輩、使いたいと言ってますが、実際使いまくってるじゃないですか……」  目の前でそれを見せられて、使わないでくださいなんて絶対に言えない。 「ふふっ、そうとも言う。それでね、私の勝手な思いつきなんだけどね、美羽ちゃん雇われてみない?」 「は?」 『食事に行こう』みたいな軽いノリで誘われてしまって、頭が大混乱する。きっと今の私の顔は、アホ面丸出しになっているかも。 「村田さん、もっと順を追ってから彼女を誘いなさい。急く気持ちはわからなくはないが……。済まないね、本当に」  工藤部長が苦笑いを頬に滲ませて隣を睨んでも、村田先輩は相変わらずだった。 「美羽ちゃんの優秀さは、私が一番知ってるの。誘わないワケがないでしょ!」 「村田先輩……」 「こういうプロジェクトを影で動かしながら、日中の業務も平然とこなさなきゃならなくて、当然人手が足りていない状況なのよね。自分がもうひとりほしいくらい」  バイタリティ溢れる村田先輩が、はじめて愚痴をこぼした。切羽詰まっているのが、それだけでわかりすぎてしまう。だから迷うことはない。 「会社のために恩返しがしたいと思っていたので、誘っていただいて嬉しいです!」  私がキッパリ言いきると村田先輩は満面の笑みで立ち上がり、目の前に右手を差し出した。慌ててパイプ椅子から腰をあげ、少しだけ大きい右手を掴んでしっかり握手をかわす。 「美羽ちゃんに秘密基地の場所を教えるから、あとは工藤部長に任せちゃっていい?」 「僕が嫌だと言っても、押し付ける気が満々だったクセに。行ってらっしゃい!」  こうして私は村田先輩と会社の裏口から出て、通りを五本ほど外れたビルの中にある一室に移動した。さっきの地下の部屋よりもちゃんとした室内は、どこかのオフィスに見えて、見慣れたそこの様子に、自然とホッとしてしまう。窓がなく時計もない空間にいたことは、どこかに監禁されている状況にも似ていたせいか、適度に疲れてしまった。 「美羽ちゃんがまとめた書類を見ているうちに、わかったことがあったのよね。だからあえて、工藤部長の前では言わなかった」 「…………」 「直属の元上司に、嫌なところを見せたくないだろうなって。ただでさえ自分の夫だった人のことをアレコレ書いてる時点で、負の自分を晒してることになるでしょ? これ以上は嫌よね」  私に話しかけながらから窓辺に移動し、顔を見せないように配慮してくれる村田先輩の優しさに、縋りつきたくなった。私の顔を初見で『雰囲気が変わったね』と言ったのは、あまり良い意味じゃなかったんだろう。 (私はとても弱い。だから自分よりも強い人を、頼りにしてしまおうとする。学くんのように――)
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