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「あ、学くん乗るよね。私、横にずれるからそのまま乗って」
学くんの視線から逃げるように、ちまちま体をずらして、反対側の席に移動した。そんな私を追いかける形で学くんは後部座席に腰かけ、スライドドアを閉める。
体をずらすためにシートに触れていた私の手を、学くんは目ざとく見つけて、そっと握った。握ったと言っても指先だけで、ほんの僅かな接触だった。
「美羽姉、なんだか元気そうに見える。外で仕事をはじめたからかな」
「そ、うかもしれないね。自宅に引きこもっているよりも、気分転換になるし」
顎が胸につくほど深く項垂れながら、なんとか答えた。頬が赤くなっているのは、いたしかたない。
「断然顔色がよくなってる。安心した」
私を見つめる学くんの視線を、セリフで感じることができた。それと同時に、握られてる指先にさらに力が込められる。一ノ瀬さんがいる手前、こういうのは遠慮してほしいと思っても、振りほどく勇気が出ない。
だってあのコの相手をずっとしていて、間違いなく疲弊してるハズだから。本当はもっと労いの言葉をかけてあげて、彼をいたわってあげなきゃいけない。
(私のために、学くんは頑張っているんだから、なにか言ってあげないと――)
「あのね、学くん……」
思いきって顔をあげて隣を見た。ふわふわのウェーブがかかった前髪の下にある瞳が、すごく嬉しそうに細められる。
「なに、美羽姉?」
言いながら学くんの親指が、私の人差し指をすりすり撫でるように触れる。話しかけられて喜んでる犬のしっぽみたいに。
「あ~おふたりさん、悪いな。お留守番してる女が室内物色してるぞ」
「「すみません!」」
慌ててふたりして、パソコンのモニターに向き合った。
「白鳥が出たのを玄関でしっかり確認後、自分の鞄から小さいなにかを取り出して、コンセントを探してる」
「盗聴器ですかね?」
学くんは空いた手で顎に触れながら、あのコが手にしているものを口にした。ちょっとした動作が大人びて見えてしまい、それを感じるだけで落ち着けなくなる。
「多分な、手っ取り早い方法だし。家電に使ってる裏側のコンセントなんて、普段はいちいちチェックしないから、取り付けやすいだろう」
そう指摘した一ノ瀬さんのセリフどおりに、あのコはテレビの裏側に入り込んで、なにかを取り付けた。
ひと仕事終えたら、次はなにをするんだろうと三人で見守る視線の先で、あのコは室内をキョロキョロし、今度はクローゼットを大きく開け放つ。
『こんなところに目立つ感じで置いてある大きなタッパーって、いったいなにが入ってるんだろ? もしかして翼くんが大事にしてる、口にできない秘密だったりして』
誰もいないというのに、あのコは大きな声で言いながら小首を傾げて、クローゼットの中に両手を伸ばし、それを取ろうとした。
「ヤバ……」
学くんが舌打ちしながら、すごく嫌そうに顔を歪ませる。
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