鉄槌

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 大きなシャツを迷うことなく両手で抱きしめながら、顔を埋める。市販の柔軟剤の匂いの中に潜む、翼くんの香りを鼻で追いかけているうちに、ムラムラしはじめた。 「翼くんに抱きしめられたら、ずっとこの匂いを嗅いでいられるんだな。翼くぅん♡……」  呟きながら、すーっと思いきり嗅いで、自分の体をまさぐっていった。翼くんに触れられていることを想像するだけで、どんどん淫らになっていく。 「あぁん、翼くんもっと!」  春菜の手じゃなく、あの大きな手で触られたい――そう思ったら歯止めが利かなくなくなって、その場に倒れ込んでしまった。そのままスカートに手を突っ込み、濡れそぼったところをぐちゃぐちゃに弄りまくる。 「もぉダメっ、翼くんのでイっちゃうぅぅう!」  翼くんがいつ戻って来るかわからない状況や、他人の家でこういうことをしている興奮で、すぐにイってしまった。 「はぁ……、ぁあ、物足りない……」 (翼くんのカッコイイ顔を見ながらイきたかったな。春菜がイク瞬間に合わせて、翼くんも絶頂することを妄想しただけで、3回は軽くイケる!)  重だるい体で床を這いつくばりながら、自分の鞄からポケットティッシュを取り出し、下半身を拭った。だけど翼くんのシャツを嗅いだだけで濡れてしまった下着は、どうすることもできない。 「気持ち悪いけど、しょうがないよね……」  翼くんチのゴミ箱に、使用済みのティッシュを捨てるワケにもいかないので、しかたなく鞄のポケットに突っ込み、翼くんのシャツをタッパーの横に置いて、開けっ放しのクローゼットを閉める。  乱れてしまった長い髪の毛を手櫛で整えながら、部屋に不備がないか今一度確認した。テレビ台の角度を直しているところで、翼くんが帰ってきたのは、本当にタイミングがいいと言える。もう少し早かったら、春菜のあられもない姿を見せることになってしまうから。 (くふふっ。アレを見て、興奮した翼くんが襲ってきても良かったんだけどね――) 「春菜さん、留守番ありがとうございました。すぐにカフェオレを作りますので、テーブルで待っていてください」  玄関で出迎えた春菜に向かって、弾んだ声で話かけてくれた翼くんに、かわいらしく答える。 「わかった。楽しみにしてるね、翼くん♡」  キッチンで春菜のためにお茶を用意してくれる姿を見ているだけで、本当に幸せだった。新婚生活がはじまってからは、良平きゅんに暴力を振るわれない安心感はあっても、こんなふうに穏やかな気持ちで彼を見ることができなくなっていることを実感する。  お互い情がないのに、紙切れ一枚でつながってる関係は、本当に煩わしさしか生まない。 「お待たせしました。カフェオレとさくらんぼのタルトです」  カフェの店員のように春菜の前に置いてくれた翼くんに、ありがとうと言って笑いかけたら、嬉しそうに微笑み返してくれた。今すぐスマホで撮影して、残しておきたいと思う眩しい笑顔だった。 「翼くんは、モンブランなんだね」 「はい、大好きなんです」  春菜がケーキに手をつける前に、翼くんが先にモンブランを食べた。大きく切り分けて口にした瞬間、驚いたように瞳を見開いてから、嬉しげに口角の端をあげる。  まるで初めて食べたみたいなリアクションに違和感を覚えたけど、美味しそうにパクつく翼くんがかわいいので、どうでもよくなってしまった。 「翼くん、ケーキが美味しいお店をリサーチして、今度は春菜のおウチに誘うから、楽しみにしていてね」  言いながら、用意されたさくらんぼのタルトを一口分に切り分けて、パクッと食べた。上品な甘さの中にさくらんぼの甘酸っぱさがマッチしていて、すごく美味しい。
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