鉄槌

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「春菜さん、僕の本音を聞いてもらえますか?」  自分のケーキを食べ終えた翼くんが、いきなり切り出した。 「なになに? 翼くんの本音って、どんなことかな?」  ケーキを食べる手を止めて、目の前に顔を向ける。真剣なまなざしで春菜を見つめる翼くんの態度で、すごく真面目な話をすることが予想できた。 「実は僕、女友達が今までいなくて――」 「うんうん、それで?」 「学生時代からこの見た目で、女のコは寄ってくるんですけど、彼女がいるってわかったら、みんな去って行っちゃうんです。冷たくあしらわれるっていうか」 「そうなんだ、翼くんかわいそー」  春菜が翼くんにものすごく同情してることをアピールするために、瞳をうるうるさせて、悲しげな顔を作り込んだ。 「だけど春菜さんは、僕に彼女がいるってわかっても、態度を一切変えなかったじゃないですか」 「だって、変える必要ないんじゃない?」  彼女がいるってわかったからこそ、春菜は逆に燃えた。翼くんの彼女なら、隣に並んでも引けを取らない、すごくかわいいコのハズ――そんな女のコから翼くんを奪う春菜は、それ以上にかわいいってことになるよね。 「これからも春菜さんは、変わらないですか?」 「えっ……」 「僕の前を去って行った女のコのように、春菜さんは変わったりしませんよね?」 「そっ、そりゃあ変わるわけないよ」 「信用してます、その言葉。僕は春菜さんを信じますから、裏切らないでくださいね」  小首を傾げて、どこかつらそうに笑いかける翼くんの面持ちは、今まですごく傷ついたからこそ、そんな表情になるんだなって思わせる。 「絶対に裏切らないよ、翼くんとは友達でいたいもん」  セリフが濁らないように、細心の注意を払いながら、なんとか告げた。 「春菜さんは僕にとって、はじめての女友達になるんですね」 「翼くん……の、はじめての」 「はいっ。僕が心から信用する春菜さんは、大事な友達です!」  はじめての女友達――大事な友達という言葉を使って告げられたことで、見えない壁を目の前にうず高く建築されたように感じた。しかもそれは、厚くて頑丈な壁。純新無垢な瞳に見つめられて『心から信用する』なんて言われたら、それをぶち壊すことなんてできない。しかも――。 「春菜、翼くんの友達になれて、すっごく嬉しいよ」 (さっき仕掛けた盗聴器が翼くんに発見されたら、この信用が見る間に崩れて、友達じゃいられなくなる。どうしよう……) 「この間、雨が降った日、春菜さんを見送ったあと、慌てて仕事に直行したんですけど」 「そういえば、外まで物音が聞こえるくらいに、バタバタしてたよね」 「そうなんです。慌てて出たせいで、鍵をかけるのをすっかり忘れちゃったんです。僕って、結構ドジなんですよ。まぁ男住まいなんで、盗られるものなんてないでしょうけど。僕がドジしたら、友達として注意してくださいね」  翼くんのセリフに、春菜の頭の中にいるもうひとりの自分が「それよ」って騒いだ。 「翼くん、すでにドジってる。男住まいでも、用心しないと駄目だよ。金目のものを盗られる可能性があるんだからね」 「わかってます。僕の仕事柄、危ないものを扱ってるので、それなりにセキュリティは万全なんです」 「セキュリティ?」 「僕が春菜さんと今よりも仲のいい友達になれたときに、コッソリ教えてあげます」 「仲のいい友達になれるかな?」 「こうして会話をたくさんかわしていけば、その内なれるんじゃないですかね」  本当はもっと翼くんとお話していたかったけど、春菜の下着の気持ち悪さがどうしようもなくて、このあと早々に帰ることになったのは、残念でならなかった。
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