終焉

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「良平さん、頭をあげてください。貴方の顔を見て、きちんと話がしたいの」 「俺と話……?」 「病院で話をしたときは、低レベルな怒鳴り合いをお互いにしたでしょ。間に私の幼なじみがいたことで、良平さんは激昂していたし、夫婦としては、まともな話し合いにもならなかった」 「確かにそうだな」  流産して傷ついた美羽に『離婚』の2文字を怒鳴りつけたあのときの俺は、世界で一番最低な夫だった。 「良平さん、今しあわせ?」  すぐに答えられなかった。しあわせだと言ったら、美羽が傷つく気がするし、しあわせじゃない現状を告げたら、それ見たことかと、バカにされるかもしれないなんて考えついたせいで、唇が動かなかった。 「私はね、すごくしあわせなんだよ。だってその前まで、ずっと落ち込んでいたから。これ以上ないくらいに落ち込んだおかげで、這い上がることができたの」 「美羽がしあわせなら、それでいい」  俺のしたことが無駄じゃないのなら、それでいいと思った矢先だった。いきなり左頬を強く叩かれ、顔が真横を向く。パンっという皮膚を叩いた音が、辺りに響き渡って、道行く人の視線を一斉に集めた。 「ふざけないで! 思いあがるのも、いい加減にしてほしいわ!!」 「なっ!?」 「良平さん、覚えてないの? あのコは私たちの子どもを殺した張本人なのよ。そんな女を妻にする時点でもどうかと思うのに、私を傷つけないように守っていると、ひとりで勝手に陶酔しちゃって。そんなこと全部、私は頼んだ覚えはないっ!」  叩かれた頬の痛みを忘れて、怒った顔の美羽をひたすら見つめた。それすらも綺麗だと思ってしまうのは、ずっと逢いたかったから。夢で見るくらいに、逢いたくて堪らなかった。 「大体あのコが貴方の妻になったくらいで、男漁りが終わると思う?」 「それって、どういう――」  美羽はスーツの胸ポケットからUSBを取り出し、鞄を持っていない俺の手に握らせた。 「村田先輩の呼び出しのあとにそれを見て、きちんと現実を受け止めてください」  美羽の告げた低い声が耳に届いたと同時に、独特なヒールの靴音が背後から聞こえた。振り返ると赤いフレームのメガネをかけた女性が姿勢を正して、俺と真正面から対峙する。 「人事部を統括している村田と申します。上條課長、出張費の不正利用について、詳しい話をお聞かせ願います」 「出張費の、不正利用……俺は知らない!」  逃げかけた俺の腕を、美羽は笑いながら素早く掴んだ。付き合っていた頃のように両手でぎゅっと掴み、小首を傾げてかわいらしく微笑む。 「良平さん、きちんと話をしましょうね?」  大好きな美羽の腕を振りほどくことのできない俺は、引きずられるように会社のとある一室に連れられて、目の前に証拠を突きつけられながら、人事部の連中から尋問を受けた。  なにがいったいどうなって、こうなったのか――考えても、なにも浮かんでこない。ただ春菜が『上條課長、私がうまく処理しておくね』と言ったことしか思い出せなくて。  その場にいない美羽の幻想を脳裏に描きながら、苦痛を感じる時間を漫然と過ごしたのだった。
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