【 芽生え 】

1/1
前へ
/20ページ
次へ

【 芽生え 】

 それから数週間、このマンションでの飛び降りはなかった。  私が暮らす4階にも、久しぶりに平和が訪れている。  ベランダに植えてあるスノードロップを見ると、蕾から白い花を少しだけ恥ずかしそうに覗かせていた。  半年後に私は、ある人と結婚する。  その人は、このマンションの最上階、7階に住む税理士をしている男性。  名前は、高須 光輝(たかす こうき)さん。  その名前の通り、38歳にして、多くの税理士を束ねる会社も経営している敏腕社長で、とても光り輝いて見える。  私はそんな彼の経営する会社で、高校を卒業してすぐに事務員として働き始めた。  偶然にも同じマンションに住んでいることが分かると、私たちは自然と距離が近づいて行ったんだ。  会社での仕事ぶりだったり、周りへの気遣いもでき、経済力も行動力もある彼を、私は尊敬し、憧れを持っていた。  学生時代、恋なんて一度もなかった私に、初めて芽生えた恋心……。  そんな彼からお誘いを受けたその日に、彼と生まれて初めて結ばれた。  この彼の住む7階の最上階で……。  今まで見たこともない大きなキングサイズのベッドの上で、私たちは初めて愛し合った。  それ以来、私は彼、光輝さんに夢中になって行った。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加