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朝の身支度をすませていると、彼が先に家を出る気配がしたので手を止めて玄関に向かう
きっちりスーツを着こなした大知さんの姿は見慣れているはずなのに、変わらずに胸を高鳴らた。
サラサラと流れるような艶のある黒髪は短すぎず長すぎない。切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋、薄い唇。清潔感溢れ、凛とした雰囲気は昔からだ。
あの吸い込まれそうな瞳に見つめられると、言葉を失ってしまいそうになるのはきっと私だけじゃない。
「悪い、おそらく今日も遅くなる」
「わかりました。お気をつけて」
にこりと微笑んだら彼と目が合った。真っすぐな眼差しにたじろぎそうになったが、その前に大知さんはドアへと向き歩き出した。
「行ってくる」
「い、いってらっしゃい」
慌てて答えると、大知さんがかすかに笑ってくれた……気がする。
静かになった玄関にひとり、我に返って自室に急ぎ自分の準備をはじめた。
逢坂千紗、二十五歳。
癖のある色素の薄めの髪がコンプレックスで、学生の頃は何度か縮毛矯正などをしたが、髪は痛むし、かけ直す手間もあって、もう受け入れた。
肩下まで伸ばし、ある程度重くしてまとめるようにしている。身長は中学生の頃に止まってからずっと百五十七センチで、黒目がちな二重の目と丸い輪郭からよく童顔だと言われる。
鯉のぼりが気持ちよさそうに空を泳ぐ季節、六歳年上の逢坂大知さんと年度末に結婚し、一緒に暮らし初めてまる一ヶ月が経った。
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