第四章 未必の嫉妬に揺らぐ代理の自覚

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 まさかの回答に後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。姉の言い回しにもだ。 「最初から別居前提なのもどうかと思ったけれど、よく考えたら今の職場に固執する必要はなかったのかもしれないわ。どう、千紗? 私に大知くんを譲ってくれない?」 「だ、だめ!」  綺麗な笑顔で問いかけられ、反射的に答えた。姉は目をぱちくりとさせた後、ふっと微笑む。 「……冗談よ。千紗ほど大知くんにとって条件のいい妻はいないもの。彼も私じゃなくて千紗と結婚してよかったって思ってるわ」  そう言って荷物を持ち、さっさと玄関に向かう姉の後を追う。 「タクシーもそのうち来るでしょうし、そろそろ行くわね。今日はありがとう」 「あ、タクシーに乗るまで見送るよ」  姉に続いて靴を履く。次に会えるのはいつになるかわからない。姉は拒否しなかったので、一緒に階下へ下りていく。  声が響きやすいのでとくに会話らしい会話はなかったが、ややあって車のヘッドライトがこちらを照らし、タクシーが近づいてきた。 「じゃあね、千紗。周りの目とか、裁判官の妻としていろいろ大変だろうけど、千紗なら大丈夫よ」 「……うん」  ドアの開いた後部座席に乗り込む姉に声をかけられ、うなずく。タクシーが見えなくなるまで手を振って見送った。  ひとり残され、大きくため息をついて壁に背を預ける。  もともと大知さんは姉と結婚する予定だった。結果的に姉が断って妹である私と結婚したけれど、姉の状況も気持ちもそのときとは大きく変わっている。
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