下賜の外套

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 一方、ゼキは街の喧騒から逃れ、のどかな農業地帯を馬で進む。  花の王都とはいえ、せっかくの肥沃な土をすべて石畳で潰すことはないと、あえてこうした農村のような区域が設けられているのだった。王宮へは距離的には遠回りになるが、お祭り騒ぎで混み合う街中を行くよりはずっと早いはずだ。  こんな日も畑仕事に励む農夫たちが、ゼキを見つけたが、どうも急いでいるようなので邪魔はしなかった。  戦上手かつ品行方正、さらに見目まで優れる若い将軍は、民衆に大変な人気がある。呼び止める意図ではなく、敬愛と親しみをこめて、「ゼキ将軍!」「おかえりなさい!」「ご無事でなにより!」といった声が飛び交った。  けれど、そばかすの浮いた素朴な娘たちはそんなふうに、あるいは街の娼婦のように馴れ馴れしくゼキへ声をかけることなどできはしない。それでもゼキが目の前を通るとなると、慌てて髪を手櫛で整えたり、スカートの土汚れを払ったりしているのがいじらしい。  その時だった。若い母親の手を振り払って、幼い子供がひとり、ゼキの馬の前へ飛び出してきた。  母親は悲鳴を上げ、見ていた農民たち全員が息を飲んだ。ゼキもはっとしたが、すぐに手綱を引き馬を止めたため、事なきを得た。  まだ五歳かそこらだろうか。愛らしい少女が大人たちの気も知らず、嬉しそうにゼキを見上げて飛び跳ねている。
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