下賜の外套

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「ゼキ……」  純潔であることを神に強いられた国王は、最も愛しく大切に思う騎士の名を口にした。  少女の身体を組み敷いた男は、力の差からしても体格の差からしても圧倒的な優位にあるはずなのに、それ以上動かず、指一本さえも触れようとはしない。そして、まるでとめどなく血を流す敗者のように苦しげな顔をしていた。  何かを言いかけた刹那からずっと、何も言うまいと固く歯を噛み締め続けている。  深緑の瞳の中を覗けば、燃える情愛が忠誠という名の檻に閉じこめられて身悶える様子が見えてくるようだった。彼は苦しげで、寂しげで、どこまでも悲しそうだった。 「本当に情けなく困ったことだ。でも、なんと狂おしく愛おしいのだろう。これだからそなたは大きな仔犬だというのだ」  アウレリアはため息をついて両腕を伸ばした。世界でもっとも不憫かもしれない勇者を捕まえ、頭を引き寄せて、柔らかな胸の中で強く抱きしめた。 「からかってすまなかった。安心しておくれ、わたしはまだ純潔だよ。こたび病を得たのは、どうやらスープのせいだったらしい」 「……スープ?」 「うん。厨房に異国から来た新しい料理人が入ったのだ。さっそく美味なスープを出してくれたのだが、まだこちらの言葉に不自由であったから、わたしの持病のことがうまく伝わっていなかったらしい。それで、味見に使った大匙でそのまま鍋をかき回してしまった、というわけだ。ああちなみに、その料理人は女だぞ」 「……わかりました。わかりましたから、陛下、そろそろお手を引いては下さいませぬか」  アウレリアの双丘に埋もれながら、ゼキは情けない声で懇願した。  だめだ、仔犬は乳を吸うのだ。いたずらっぽく言って、アウレリアは更に強くゼキを抱きしめる。
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