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それは野に咲く花を数本まとめただけの、あまりにも素朴でささやかな花束だった。
アウレリアが見とれていることに気がつくと、ゼキは微笑してそれを差し出した。
「綺麗だな……。ゼキ、どうしたのだこれは? わたしにくれるのか」
「差し上げます。かわりに陛下のお許しを頂きたく」
「ほう? なにが望みだ」
「わたしは愚鈍な犬ですゆえ、もはや正直に申し上げます。実に五十日ぶりにお顔を拝し、ゼキの尻尾は引きちぎれんばかりに振られております。分をわきまえぬ願いではございますが、今日はもう少しだけ、あなた様と同じ時を過ごさせて頂きたいのです」
「ああ? なんだ、そんなことか」
アウレリアは不満げににやついた。
「もっともっと正直に言えばよいではないか。もう少しと言わず、今宵はずっとこのアウレリアのそばにいればよい」
「はい」
「一晩も共にいれば、いずれそなたの気も変わり、わたしを押し倒して熱烈に顔でも舐めてくるかもしれぬしな」
「それはどうでしょうな」
「意気地無しの騎士め。愛しているぞ」
騎士は不思議な光景を見た。
ライベルクという広大な王国のすべてを統治する存在が、小さな花束を宝物のように抱きしめて笑っている。
ゼキはその姿を、美しい、と思った。
「ふふっ、五十日も離れていた甲斐があった。ゼキがわたしと共に過ごしたいと言ってくれた。それで良い。そなたはいつも難しがっているが、欲しいものは欲しいと、そう言えばよいのだぞ。わたしはいつでも待っているから……」
言い終えたとき、またアウレリアは寒さに身震いした。
下賜の外套が大きく口を開く。
彼女はあっという間に力強い腕で抱き寄せられ、温かい外套の中に閉じこめられてしまった。
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