下賜の外套

28/28
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
 それは野に咲く花を数本まとめただけの、あまりにも素朴でささやかな花束だった。  アウレリアが見とれていることに気がつくと、ゼキは微笑してそれを差し出した。 「綺麗だな……。ゼキ、どうしたのだこれは? わたしにくれるのか」 「差し上げます。かわりに陛下のお許しを頂きたく」 「ほう? なにが望みだ」 「わたしは愚鈍な犬ですゆえ、もはや正直に申し上げます。実に五十日ぶりにお顔を拝し、ゼキの尻尾は引きちぎれんばかりに振られております。分をわきまえぬ願いではございますが、今日はもう少しだけ、あなた様と同じ時を過ごさせて頂きたいのです」 「ああ? なんだ、そんなことか」  アウレリアは不満げににやついた。 「もっともっと正直に言えばよいではないか。もう少しと言わず、今宵はずっとこのアウレリアのそばにいればよい」 「はい」 「一晩も共にいれば、いずれそなたの気も変わり、わたしを押し倒して熱烈に顔でも舐めてくるかもしれぬしな」 「それはどうでしょうな」 「意気地無しの騎士め。愛しているぞ」  騎士は不思議な光景を見た。  ライベルクという広大な王国のすべてを統治する存在が、小さな花束を宝物のように抱きしめて笑っている。  ゼキはその姿を、美しい、と思った。 「ふふっ、五十日も離れていた甲斐があった。ゼキがわたしと共に過ごしたいと言ってくれた。それで良い。そなたはいつも難しがっているが、欲しいものは欲しいと、そう言えばよいのだぞ。わたしはいつでも待っているから……」  言い終えたとき、またアウレリアは寒さに身震いした。  下賜の外套が大きく口を開く。  彼女はあっという間に力強い腕で抱き寄せられ、温かい外套の中に閉じこめられてしまった。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!