下賜の外套

2/28
前へ
/89ページ
次へ
 そもそも戦いを、それによって死ぬことを恐れるゼキではなかった。王に捧げる忠誠心は誰よりも強いつもりでいる。  しかし王は、文字通り国を背おって戦えと言っているのだ。  思いがけぬほど心が打たれ、全身の内側が痺れるようだった。  軽やかに手に馴染むこの一枚の布が、世界のすべてよりも重大なものと思われた。  いつのまにか、ゼキの引き締まった端整な顔が涙に濡れている。  それに気付き、歴戦の戦士はおおいに慌てた。急ぎ拭おうとするが、両手は大切な外套で塞がっている。  王はそれを見て、思わずといった風に微笑みを浮かべた。そして、なんと代わりに拭ってやろうとでもいうのか、戦場焼けした配下の顔に手を差しのべてくる。  はっとして、尊い指先が触れるよりも先にゼキは立ち上がっていた。そして、最大限の礼を尽くしつつ王の前より引き下がった。 「……武神ヘイムスクリングラの加護あらんことを」  宙に浮いた手をゆっくりと下ろし、王はそう口にした。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加