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そもそも戦いを、それによって死ぬことを恐れるゼキではなかった。王に捧げる忠誠心は誰よりも強いつもりでいる。
しかし王は、文字通り国を背おって戦えと言っているのだ。
思いがけぬほど心が打たれ、全身の内側が痺れるようだった。
軽やかに手に馴染むこの一枚の布が、世界のすべてよりも重大なものと思われた。
いつのまにか、ゼキの引き締まった端整な顔が涙に濡れている。
それに気付き、歴戦の戦士はおおいに慌てた。急ぎ拭おうとするが、両手は大切な外套で塞がっている。
王はそれを見て、思わずといった風に微笑みを浮かべた。そして、なんと代わりに拭ってやろうとでもいうのか、戦場焼けした配下の顔に手を差しのべてくる。
はっとして、尊い指先が触れるよりも先にゼキは立ち上がっていた。そして、最大限の礼を尽くしつつ王の前より引き下がった。
「……武神ヘイムスクリングラの加護あらんことを」
宙に浮いた手をゆっくりと下ろし、王はそう口にした。
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