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一
人気のない国境地帯の森林に、輝かしい初夏の木漏れ日が幾筋も射し込んでいる。
しかし、その明るい新緑色の光が照らし出しているのは、一目で生命の脱け殻とわかる切断された手足や頭部のない胴体等の群れだった。血と汗に塗れた戦いの跡である。
屈強な人間の男の死体が目立つが、決してそればかりではない。蝙蝠に似た翼を持つ異形の魔物たち――人間よりも大型で筋肉質な、その闇色をした肉体のパーツのほうが多く大地を埋め尽くしている。
知能こそ人より劣るが、鋭い爪牙と怪力を併せ持つ悍ましき魔物どもに対したとき、人は丸腰では為す術もない。
だがここで行われたのは、魔物どもによる一方的な殺戮ではなかった。
単純に死者の数で勝敗を決めてよいのなら、その戦いは人間たちの圧勝と言えた。
血を吸い込んだ柔らかな腐葉土に、剣や盾、甲冑といった武具類、細かく編んだ鎖をまとう馬の身体もずしりと打ち沈んでいることから、男たちは皆兵士や騎士であり、戦うべくして魔と戦ったのだとわかる。森林地帯を戦場としたのも、大柄かつ翼を持つ魔物たちの動きを封じるための策なのだ。
生き残った多数の兵士たちは、負傷者を抱えて既にこの森から退却し、テントを張った宿営地で身体を休めている。
鳥の声もなく、蠢く虫や動物の気配すらもなく、今この戦場跡に立っているのはひたすら木々ばかりと見えた。大樹たちは太い幹から若い芽の先端まで血や臓物をかぶっていたが、それでも数百年前からずっとそうしてきたように、ただじっと空へ枝葉を広げていた。
そのとき、噎せ返るほどに生臭く漂う空気を、浅く静かに吸い込む生者が現れた。凄まじい血臭の中をひとり、騎士がゆっくりと馬を進めている。
ゼキだった。歳は三十、戦士としてまさに円熟の秋を迎えている。
均整のとれた完璧な肉体、端整な面差しに若すぎない沈着さを備えたゼキは、数刻前、ここで鬼神のような戦いぶりを発揮した男だった。そして、この遠征に参加した兵すべてを一身に率い、圧倒的な勝利へと導いた将軍でもあった。
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