下賜の外套

4/28
前へ
/89ページ
次へ
 ゼキは兵を指揮しつつ、前線に身を置いて自ら血戦する将だった。  今日、弓は戦のさなかに捨てた。すべての矢を、翼を広げ襲いかかる魔物を撃ち落とすのに使いきってしまったためだ。槍もまた、数えきれぬほどの異形の体を薙ぎ払った果てに折れて役立たなくなった。  今は長剣だけを佩いている。身につける鎧も兜も激闘によって傷み、すっかり赤く染まっていたが、彼自身に怪我はない。すべて返り血だった。  ゼキの剣や甲冑は実用性ばかりが重んじられたもので、戦いの後でよく汚れを落としたとしても、美しい宝玉や金銀の装飾が現れることはない。  万の兵を率いる者としては地味すぎるほどの武装だった。けれど、その長身に合わせて仕立てられ、今はゆったりと馬の身体に垂れかかっている外套を見れば、彼がひとかどの将だということがわかる。  背にライベルク王国の紋章が描かれた外套。それは決して地に落ち泥に(まみ)れることの許されぬ旗章(しるし)であった。  ゼキは一般的な将がそうするように、よく通る大音声をもって兵士たちを鼓舞するといったことが少し苦手だったが、下賜の外套はそれをよく補ってくれた。野戦の端から端まで駆け巡り、類稀(たぐいまれ)なる武を振るう勇将の背に翻る外套は、いつしかどんな言葉よりも味方の心を勇気づける旗印となっていたのだ。  その背を追って、追いきれず、今日は幾人が死んだだろう。宿営地では既に、ゼキへ報告すべく、正確な損害が割り出されているかもしれない。  だが、ゼキは実際に犠牲者たちの亡骸とともにあった。死へ追いやった自分が祈りの言葉を口にしても栓なきことと思う。だからなにも言わないが、せめて胸中では彼らの魂の安からんことを願いたかった。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加