下賜の外套

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 この遠征中だけでも、すでに届いた手紙が二通ある。  ひとつは、「大事に育てていた珍しい花がようやく三輪だけ咲いたけれど、すべて一日で散ってしまった」とのこと。  もうひとつは、「侍女が内緒で猫を飼っているが、わたしは知っているし、たまに余計な餌をやってしまうのでちょっと太ってきた」とのこと。  気品に満ちた美しい文字で綴られているが、それぞれに小さく添えられた花と猫の絵は、別人が描いたのかと疑うほどの拙さだった。慣れているゼキでなければ、花、猫、と判じることすらできなかったかもしれない。  そう、ゼキは慣れている。  特に筆を迷わせることもない。「随分とものぐさな花のようでございますが、また時節が来れば咲きましょう」だの、「猫ならば太っているくらいが幸福と存じます、鳥や馬はいけませぬが」だのと綴って返事とし、遠征についての報告はあえて省略した。国王が政治について何も言ってこないのと同じように。  氷のようと評される国王と、強く寡黙な勇将ゼキ。  そのどちらかの人となりを知っているだけでも、この平凡で気の抜けた手紙のやりとりは意外中の意外としか思えぬことであろう。ましてや、公の場での国王とゼキ将軍が、互いにどれだけ凛々しく作法を守り接しているかを見たことがあるとしたら……。
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