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人体模型と祓い屋達
◆水原知世
関東地方の某県某所、町の一角にあるビル。ここは知る人ぞ知る、祓い屋協会の事務所です。
祓い屋。それは幽霊や妖といった様々な怪異に立ち向かい祓っていく霊能者であり、そんな人たちを管理しているのが、祓い屋協会。
そして私、水原知世も、そんな祓い屋協会に所属している祓い屋の一人。普段は学校に通いながら裏では霊を祓うお仕事をしている、12歳の中学生です。
今日は書類を提出すべく事務所を訪れていたのですが。待合室でソファーに腰掛けていると、近づいてくる人影があります。
「やあ知世ちゃん久しぶり。調子はどう」
「あ、悟里さん」
顔を上げると、そこにいたのはレディーススーツに身を包んだ、ウェーブのかかった髪の女性。祓い屋の先輩である、火村悟里さんです。
「学校もあるのに、いつも無理させちゃって悪いね。ちゃんと休めてる?」
「人手不足ですから、仕方がないですよ。けどお仕事の方はちゃんとやっていますから」
「その辺の報告は聞いてるよ。活躍してるようで何より。あたしも師匠として鼻が高いよ」
笑いながら、ツインテールの頭をくしゃくしゃと撫でくる悟里さん。そう、彼女は先輩であると同時に、私のお師匠様でもあるのです。
今では私も一人で仕事をこなせるようになりましたけど、昔はよく鍛えられていました。
「で、学校の方は? 知世ちゃんのことだから、祓い屋業に専念しすぎて、成績が下がったなんてことはないと思うけど」
「何とかついていけていますよ。ノートが取れないのが、ちょっと困りますけど」
「それなら友達に見せてもらえば……って、まさかまだ友達を作れてないなんてことは?」
「あ、あははは。ソンナコトナイデスヨー」
笑って誤魔化したけど、本当は悟里さんの言う通り、ノートを見せてもらえるような友達なんていないんですよね。あと一ヶ月もすれば、二学期も終わるというのに。
友達を作るのは苦手で、幽霊を祓うのよりもよほど難しいミッションですよ。
「そのコミュ症だけは何とかしないとね。ああ、残念。あたしがもう2、3歳若かったら、一緒に青春を送ってたのに」
頭を抑えながら大袈裟に悩むポーズを取っていますけど、悟里さんってアラサーですよね。2、3歳じゃどの道無理なのでは……。
「ちょっとーっ!誰でもいいからそいつを捕まえてくれー!」
疑問に思っていた時、不意に聞こえてきたのは女性の声。
見れば奥の部屋から事務員の前園さんが血相を変えて飛び出してきていて。さらにその前方には逃げるようにこっちに走ってくる、人体模型がいたのです。
「おーい、これはいったい何の騒ぎだー?」
「火村さんに水原さん。徐霊を頼まれていた人体模型が逃げ出したんですよ。外に出る前に、何としても捕まえないと!」
なるほど、事情は分かりました。走ってくる人体模型のむき出しになっている臓器は作り物のはずなのに、まるで本物のように鼓動を刻んでいる。
あんなものが町に出たら、パニックになってしまいますね。だったら。
「止まりなさい! 暴れないで、大人しく眠りに……きゃっ!?」
大の字になって進路を塞ぎましたが、それで止まる人体模型じゃありませんでした。速度を落とすことなく体当たりをしてきて。さらに仰向けに倒れた私の上に、のしかかってきた。
「こ、こら。暴れちゃダメですって!」
「ギィィィィィィヤァァァァァァッ!」
人体模型は不気味な叫び声をあげながら私を押さえつけて、指が肩に食い込んでくる。
痛っ! 実は私、霊力はあってもケンカが強いわけじゃなく、むしろ運動オンチで弱い方。なのでこんな風に肉弾戦で攻められるのは苦手なんですよね。
けど普通のケンカとは違って、要は人体模型の中に宿る魂を攻撃すれば良いのです。
標的に手を向けて霊力を集中させて、後はこれを一気に解き放てば……。
「徐霊キィィィィック!」
霊力を放とうという直前。人体模型は蹴飛ばされて、弧を描くように飛んでいった。
まるで特撮ヒーローのようなキックを放ったのは悟里さん。
『徐霊キック』なんて言っていますけど、ようは飛び蹴りです。ただし金属バットでもへし折れるのではないかと噂されているくらいの、強力な飛び蹴りですけど。
「あんた、あたしの愛弟子に手を出すなんて、なめたまねしてくれるじゃない。覚悟はできているでしょうねえ!」
「ぎゃ、きゃぅぅぅぅん」
頭に青筋を立て、ペキポキと指を鳴らしながら近づいていく悟里さん。人体模型は腰を抜かしたように座り込んで、かわいそうにガクガク震えています。
あ、あの。私別にケガもしていませんし、あんまり怖がらせないであげてください。
「悟里さん落ち着いてください。これじゃあ人体模型がかわいそうです、さっさと祓ってしまいましょう。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ……浄!」
二人の間に割って入ると、人体模型めがけて術を放ちますた。霊力を練って言霊を紡ぎながら光を放ち、魂を浄化させる鎮めの術です。
宿っていた魂はすぐに浄化され、人体模型はがしゃんと音を立てて崩れ落ちる。
さっきまで脈を打っていた臓器はただの作り物に戻り、どうやら無事に祓えたみたいです。
「おー、さすが手際が良い。また腕上げたんじゃないの?」
「そんなこと無いです。悟里さんだってやろうと思えば、あれくらいすぐに祓えましたよね」
「いやー、知世ちゃんが襲われたものだから、つい頭に血が上っちゃって。祓うより先に、足が出ちゃったよ」
う、それって私がドジをしたから、対応が遅れたってことですよね。
腕を上げたなんてとんでもない。もっともっと精進しないと。
その後、前園さんに詳しい話を聞きましたけど、あの人体模型は元々小学校にあったもので。夜な夜な動いて騒ぎになっていたので、徐霊してほしいと送られて来たのだそうです。
「なるほど。人形や人物画といった人の形をした物には、魂が宿りやすいからねえ」
「しかも学校は、たくさんの感情が渦巻く場所。外部からの影響を受けたのでしょうね」
多くの人が集まる学校では、悪意や恐怖、喜びや嬉しさと言った感情がひっきりなしに生まれては消えていきます。それら感情が人体模型に力を与えたり、妖を生み出したりするのはよくあること。だから学校の怪談なんてものは、いつの時代にも存在するのです。
人体模型は前園さんに回収されて、彼女は私と悟里さんにペコリとお辞儀をします。
「ありがとう、助かったわ。あ、そうそう、祓ったばかりで悪いんだけど、水原さんには次の仕事の話があるの」
「私ですか? それは構いませんけど、今度はどこですか?」
この前は廃校でしたけど、次は廃病院とか?
「実は水原さんの通っている市房高校に出る、霊を祓ってほしいのよ。ある生徒の親御さんから、相談があってね」
「私の学校にですか? ですが毎日通っていますが、変な気配なんて感じませんけど」
「いや、読めたよ。大方条件が揃わないと、起きないタイプの何かがあるんだね。でなきゃ知世ちゃんが、気づかないはずないもの」
悟里さんが髪をかきわけながらニヤリと笑うと、前園さんが「正解」と同意する。
なるほど、それじゃあ気づかないわけです。母校で起こる事件となると、私が適任ですね。
「わかりました。その仕事引き受けます」
まさか学校でも仕事をすることになるなんて思いませんでしたけど、こっちはプロの祓い屋。依頼とあれば、はたしてみせましょう。
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