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ねえ、一緒に走ろう
◆水原知世
11月の朝は寒い。目を覚ましたはいいですけど、冷たい空気に体が震え、布団から出るのがためらわれてしまいます。
けど二度寝するわけにもいかず、もそもそと布団から身体を起こす。
こういう時、起こしてくれる家族がいてくれたらいいのにって思いますけど、仕方がありません。中学に入ると同時に、私はこの四畳半のアパートで、一人暮らしを始めたのですから。
布団を押し入れに片付けると、部屋の済みの机に飾ってある、両親の写真に手を合わせます。
「おはよう、お父さんお母さん」
亡くなった両親に挨拶をするのが、毎朝の日課。
それからは歯を磨いたり、髪をツインテールにまとめたりと大忙し。今日はあまり乗り気じゃない行事があるので、ちょっぴり憂鬱なのですけどね。
「マラソン大会かあ、走るの苦手なのに」
ため息が出ますけど、もちろんサボるわけにはいきません。だって今日のマラソン大会では走るだけでなく、祓い屋のお仕事もしなければならないのですから。
◆椎名美樹
今日は中学に入学してから、初めてのマラソン大会。グラウンドには既に体操着に着替えた生徒の姿があり、あたし、椎名美樹もやる気満々で準備運動をしていた。
小学生の頃から始めた陸上。部活ではたくさんの大会に出て、優勝したことだってある。
あたしにとって、走るのはいつだって真剣勝負なの。だから校内のマラソン大会だからって、決して手を抜いたりはしないのだ。
だけど準備運動をしていたら、不意に誰かが肩を叩いてきた。
「……ねえ」
振り返ると、そこにいたのはセミロングの髪の、初めて見る女子だった。
「ねえ、今日のマラソン、私と一緒に走らない?」
「へ?」
いきなりの提案にキョトンとする。まず、アンタいったい誰よ?
クラスの女子じゃないし、陸上部の子でもない。初対面なのに、いきなり一緒に走ろうってどういうこと?
だいたいあたしはこの、『一緒に走ろう』が好きじゃないの。マラソンって、自分の力を全部出しきって、高みを目指すものじゃない。なのに他人にペースを合わせてたら、それができないじゃん。
「あのさあ、悪いけどあたしは、自分のペースで走りたいの」
「一緒に走って。お願いだから」
「いや、だからね」
「走って」
何なのこの子。一人で走るのが寂しいなら、あたしじゃなくて友達を誘えばいいのに。
よーし、こうなったら。
「分かったわ、一緒に走ろ」
「本当?」
「うん、ただしあたしは本気で走るから、そっちがついて来てね」
我ながら意地悪なこと言ってるとは思う。自慢したいわけじゃないけど、あたしは陸上部の上級生と比べてもかなり速い方。たぶん、彼女じゃついてはこれないだろう。
これで諦めてくれたらいいんだけど。
「うん、約束だよ。最後まで一緒に走ってね」
え、いいの? ていうかあんた、ついてこれるの?
だけど聞き返す間も無く、彼女は去って行ってしまった。いったい何だったの?
「すみません、少しお尋ねします」
「ひゃあ⁉」
再び声をかけられて、思わず変な声が出る。一瞬、さっきの子が戻ってきたのかと思ったけど、今度は小柄なツインテールの女の子で。じっとあたしを見ながら言葉を続ける。
「さっき誰かから、一緒に走ろうって言われませんでしたか?」
「い、言われたけど」
「そうですか……。あの、それなら私とも一緒に、走ってくれませんか?」
「はあっ?」
またか! さっきの子と一緒で、この子とも初対面のはずなのに。話した事の無い人と一緒に走るのが流行ってるの?
「あーもう、わかったから。ただし、そっちがあたしのペースに合わせてよね」
「はい、できるよう頑張ってみます。あの、それともう一つ」
「今度は何?」
「お名前を教えていただけないでしょうか?」
名前も知らないのに誘ったんかい!
「椎名美樹よ。準備運動しなくちゃいけないから、もう行くね」
つっけんどんな態度を取りながら、返事も聞かずにその場を去る。
なんか、走る前から疲れた。まさかとは思うけど、もう一緒に走ろうなんて言ってくる子はいないでしょうね?
きょろきょろと辺りを見回したけど、幸い声をかけてくる子はいない。
ふう、よかった。これ以上変なことに時間をとられたら、たまらないもんね。
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