はじめましての距離

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私は物心をついた頃から、幽霊が普通に見えていた。 頭から血を流して、苦しそうにしている霊もいれば、生きてる人間と変わらない姿をした霊もいて。昔はてっきり、見えるのが当たり前なんだって思ってたの。 だけど普通は見えないのが当たり前で、みんなは見えるわたしを、気味が悪いってヒソヒソ言っていた。 例外はパパとママ。やっぱり二人とも霊を見ることはできなかったけど、わたしの言うことを信じてくれた。 でも、そんなパパとママはもういない。少し前に、交通事故でこの世を去ってしまったのだ。 残されたわたしは親戚の家に引き取られたけど、おじさんやおばさんもわたしとどう接していいかわからずに、困っているみたい。 けど、それはまだ良いの。大変なのはちょっかいを出してきたり、意地悪をしてきたりする人。ちょうど今日の、ケンタくんたちみたいにね。 学校が終わって、放課後になって。わたしは三人の男子と一緒に、いつもの下校ルートとは別の道を歩いている。もちろん、首無し地蔵を調べに行くためだ。 「なあなあ、本当に呪いがあって、幽霊でも出てきたらどうする?」 「バーカ、そんなのいるわけないだろ。って、悪いな転校生。お前は見えるんだよなー」 口では謝りながらも、バカにした態度をくずさないケンタくん。 本当は信じていないのが丸分かり。きっとこの子たちはわたしのことを、からかって遊ぶオモチャみたいに思っているのだろう。 ため息をつきながら住宅街を通りすぎて、田んぼの間を通り抜けた先。そこにあったのが、目的の首なし地蔵。 祠に入っているわけでもなく、石でできた台の上に佇んでいたのは、小さなお地蔵さま。 だけどあったのは本当に、首から下だけ。話に聞いていた通り、まるでもぎ取られたみたいに、本来あるべきはずの頭が無かった。 「へえー、本当にあったんだ。けど頭が無い以外は、案外普通の地蔵だな」 「ああ、もうちょっと気味が悪いのかなって思ってたけど、全然怖くねーじゃん」 男子たちは期待外れだと落胆しているけど、わたしはそれを見た瞬間、寒気を感じた。 みんなそれが危険なものだって、どうしてわからないの⁉ 実はというと、田んぼを抜けたあたりから嫌な予感はしていた。何となく空気がどんよりしているというか、息苦しいと言うか。 そして首の無いお地蔵さまを見て、予感は確信に変わった。だってお地蔵さまの周りには、黒いモヤのようなものが漂っていたんだもの。 このモヤがいったい何なのかはよくわからないけど、今までにも何度かこれと似たようなものは見たことがあって。そしてモヤの近くでは必ず、誰かが事故にあったりケガをしたりと、悪いことが起こっているの。 だから確信を持って言える。このお地蔵さまは、危険だ。 マズイ、マズイ、マズイ! やっぱり、遊び半分で来るんじゃなかったんだよ。 わたしは慌てて、ケンタくんの服の裾をつかんだ。 「ねえ、もう帰ろう。お地蔵さまも見たんだし」 「なんだよ、まだ来たばっかりじゃねーか。へへ、本当に幽霊が出るか、確かめてみようぜ。蹴っ飛ばしたら出てくるかな?」 止めて! ケンタくんにはモヤが見えていないのだから分からないだろうけど、それにしたって蹴飛ばすなんてとんでもない。 「ダメだってば。このお地蔵さまは、本当に危険なものなの。蹴ったりしたら、何が起こるかわからないよ」 「うるせえっ、邪魔するな!」 「きゃっ!」 乱暴に突き飛ばされて地面に尻餅をつく。さらにケンタくんは、そんなわたしを冷たい目で見下ろしてくる。 「危ないって言ったな。だったらよ、俺が蹴って何も起きなかったら、お前はウソつきってことだ。おいお前ら聞いたな、実験してみるからしっかり見とけよ」 「おおー、いいぞー」 「やれやれー!」 誰もわたしの言う事なんて本気にしてくれない。そしてケンタくんはそのまま、わたしが「止めて」と叫ぶのも聞かずに、黒いモヤの漂うお地蔵さまを蹴っ飛ばした。 「―—ひぃ!」 「なんだ、ビビってるのか? けど何も起きねーじゃねーか。おい、お前らもやってみろよ」 悲鳴をあげたわたしをよそに、首無し地蔵をゲシゲシと蹴っていく男子たち。みんなはあのモヤが見えないから、こんなことができるんだ。 やがて蹴り飽きたケンタくんたちは満足したように振り返り、わたしを囲んできた。 「ほら、何もなかっただろ。やっぱりお前はウソつきだったって、明日学校で言いふらしてやるからな」 ケンタくんはそう言ったけど、わたしはそれどころじゃなかった。 彼の後ろ。首無し地蔵の周りにあった黒いモヤが、形を変えはじめたのだ。 さっきまでふわふわと漂っているだけだったそれは、狼のような形を作る。 身体は煙みたいにふわふわとしていて実態はおぼろ気だけど、顔には鋭くて真っ赤な目がはっきりと現れて、こっちをにらんできた。 あ、あれはマズイ。に、逃げなきゃ。 直観的に危険を察っしたけど、怖さで思わず足がすくむ。そしてわたしが動くよりも早く、モヤが化けた狼が駆け出した。 標的となったのは、真っ先に首無し地蔵を蹴ったケンタくん。狼は大きく口を開けて、彼の背後から飛びかかろうとしているけど。 その姿を見ることのできないケンタくんは気づいていない。 「だ、ダメーっ!」 「うわっ!?」 わたしは無我夢中でケンタくんに体当たりして。突き飛ばされた彼は、さっきのわたしと同じように、地面に倒れこんだ。 「痛ってー! お前、何するんだよ!」 横になったまま怒鳴るケンタくん。だけどごめん、緊急事態なの。 ケンタくんを突き飛ばしたことで、狼の爪は彼をおそうことなく空を切った。だけどそれも一時しのぎにすぎない。狼はさらに怒りを増したように目を光らせて、ギロリとにらんでくる。ケンタくんでなく、わたしの方を……。 って、ええっ! どうしてわたしをにらんでるの⁉ どうやらお地蔵さまを蹴ったケンタくんよりも、邪魔をしたわたしを標的にしたみたい。た、たぶんわたしが見えてるって気づいたんだ。 こういう人外の存在は見えてるって分かったら、やたらしつこく絡んでくることがある。 きっとこの狼もそのタイプ。ケンタくんを助けたことで、自分がピンチになっちゃうなんて。 と、とにかく、まずは逃げないと。 「……おい、聞いてるのかよ転校生!」 焦っていたら、いつの間にか立ち上がっていたケンタくんが耳元で叫んできた。 「え? な、何?」 「何って、マジで話聞いてなかったのかよ? いきなり突き飛ばしてきて、何考えてんだって言ってんだ!」 「ごめん。だけど今は、それどころじゃないの。このままじゃ、モヤが化けた狼が……」 「訳わかんねー! また幽霊や化け物が出たって言いたいのかよ。いい加減にしろよな!」 ダメ。必死の説明も、まるで聞いてくれない。 そんなことを言っている間にも、狼はするどいツメを光らせながら駆けてくる。もう話をしている場合じゃないよ! 後はもう考えるよりも先に体が動いて。狼にもケンタくんにも背を向けて走り出した。 「あ、待てこら!」 「逃げるなんてヒキョウだぞ!」 ケンタくんたちは怒ったけど、待ってなんていられない。 もしもわたしがやられちゃったら、きっと次はケンタくんたちが標的にされる。だけどうまく引き付けて逃げることができたら、みんな助かるかも。 それができるのは、アレを見ることができるわたしだけ。だったら、怖くてもやらなくちゃ。 田んぼの間に広がる道を駆け抜けて。チラリと後ろを振り返ると、狼の姿をしたモヤは真っ赤な目をぎらつかせながら、追いかけてきている。 あんなのに捕まったら、どうなるかわからない。だけど全力で走っても、差は縮まって行く。 モヤの気配はすぐ背後まで迫ってきて、もうダメ。追いつかれちゃう。 恐怖で頭の中がいっぱいになって、目をつむったその時。 「滅!」 不意に誰かの声が聞こえたと思ったら、後ろにあった気配がすっと薄くなった。 何が起きたのか分からず、慌てて足を止めて振り返と、そこにはさっきまでわたしを追っていたモヤでできた狼が、地面に倒れていた。 そしてそのすぐ横には、白いシャツを着てウェーブのかかった黒髪を背中まで伸ばした、二十代くらいの女の人が立っていて、倒れている狼を見下ろしていた。 ……見下ろす? おかしい。さっきケンタくんたちがそうだったみたいに、あのモヤの狼はわたし以外の人には見えないはずなのに。 だけど女の人の目は明らかに狼をとらえていて。かと思ったらそっと視線を反らして、こっちを見てニコッと笑った。 「やあ、君も見える子なのかな?」
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