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 ◯   あの後、来栖君は今回の件について全面的に謝った。  細部は違ったとは言え、方向性的にはまず間違っていないから、別に謝る必要ないと思ったが、彼はどこか完璧主義者の部分があるみたいで、已むを得ず彼の謝罪を30分ほど聞かされた。  それに加え、今回の事件も振り返って、一部隠された事実が解明されたようだ。 「発端は水野家が交通事故にあったことからです。その事故で死んだのは水野涼介の両親、もちろん洸太の両親でもあります。そして水野涼介はその事故のせいで植物人間になりました。  そこで問題です。何故洸太がその車に乗っていなかったんでしょうか?」  事件がもう過ぎたにも関わらず、来栖君はいつもよりもシリアスな口調で問い掛けるのだった。 「そうーーだな。病気とかで行けなかった?他に何がある」 「実はその日、2人の両親が僕の親父の養護施設に行って、初めて2人の息子を見つけました。しかし、連れ出そうとするのは弟ーー涼介だけでした。  理由はなんでしょうね。弟の方が賢く見えるからか?それとも金に困っていて2人は育てないから?なにはともあれ、洸太は取り残されることになりました。だからのちに、涼介がローレンIIを通して復活を遂げた時、洸太は密かに彼に恨みを抱いていたでしょう。  涼介の思想はもう生きていないのに、その顔を見るたびに、両親への憎しみと涼介への妬みを思い出す。そんな悲しさ思いに苦しみ続け、やがて彼は自殺を選びました。  結果は見ての通り失敗でしたね。ローレンIIが彼を救いました。人工知能なんですから、見たことある知識は忘れないでしょう。本で読んだ医療知識も含めてな。必要な手当をして、死にかけた洸太を病院に運びました」 「なるほど。そんなエピソードがあったか。自殺もロクに出来ない可哀想なやつだな」 「病院で目覚めた時、彼はなにを考えていたでしょう」 「まあ。少なくとも死ぬの諦めたじゃね?本人じゃないけど、一応弟に救われたんだ。俺から見りゃ、もう借り貸しはチャラだからな」 「だといいですね。2人が今どんな調子ですか」 「気になるなら自分で確かめればいいじゃねえか。ついでに散歩でもしたら。こっちに来てから全然運動してないな」  彼は苦笑いして、「行きたくない」が顔に書いてある。  現在俺らの活動拠点は学校の裏、二階建ての工場倉庫のような建物にある。そして宙野から引き取ったガキたちはすぐ道路の向こうの寮に住んでいる。  まだ開校してないため、誰もが毎日のようにごちゃごちゃ遊んでる。記憶を消した洸太と人間ではない涼介も含めてな。 「遠慮しておきます。僕は研究を続けます。せっかく個室ができたんです。前よりもっと効率よく進めるはずです」  まるで地下にいた頃、俺がうるさくて邪魔だったような言い方だな。違うよな。邪魔なのはテレビとスピーカー、それと時々やってくる女だよな。  とはいえ、何の研究か?一目すると、また例のボードゲームだった。 「まだそれを続けるのか?もう必要ないじゃねえか」 「はい。人工知能に関するデータは確かにいらなくなったんですが、このデバイスにはまだ不可解なところが多いです」 「ほお〜例えば?」 「暗号みたいなメッセージが隠されているとか」 「へえ〜奴らはゲーム開発者だから、どうせ何かのイースターエッグだろう。飼ってる猫の名前とか、上司への文句とか」 「だと良いですね。今の段階ではまだなんとも言えません。かなり高度な暗号技術ですから」 「そうか。そんことより、お前の親父大変じゃないか。あの歳で転勤とは」 「自業自得です。それにーー」 「それに?」 「彼ならどこに居たってうまくいきますよ」 「ほ〜お前がそう言うなら」  来栖君の個室を出ると、同じ規格の部屋が十数個並んでる。通り過ぎた部屋の中、一箇所特に広い部屋があり、デザイン上、活動室とダイニングの役割を果たすというのが当初の目的だった。  このインドア野郎たちの健康のために、トレーニング施設を幾つか用意したものの、あっという間に麻雀卓とボードゲーム用のデスクにすり替えられ、食卓ですら残そうともしなかった。遊び(けんきゅう)のために食事すらいらないっていう心意気に俺は脱帽した。  階段を下りると、一階は基本俺専用のリビングである。今度は冷蔵庫をテレビのすぐ隣に置いたので、ドリンク一本のためにダッシュするってことはもうさらばだ。  ちなみに一番暗い地下一階は当然俺の寝床だ。これからも地下に住み着き、他人と関わりなく、独善の生活を続けるぞ。  建物を出て、学生寮の外で遊んでいる子供がいた。まだ全員の顔を覚えていないけど、その子にはちょっと印象がある。確か1年前、両親が目の前で殺され、孤児となった8歳児だった。そのせいで精神的障害を患い、上手くコミュニケーションが取れないようだ。  いや、嘘じゃないぞ。逆にそういった悲惨な子じゃなきゃ、宙野は引き取らないだろう。これも以前言った、彼女は気紛れな正義でしかやっていないってことだ。  でも何というか。何もしないよりはマシだ。  そんな気紛れな人間がもっと増えれば、小さな火種でも集まって燃え盛る炎に。だからみんながみんな気紛れになってほしい。  そうであれば善良市民の俺は毎回毎回巻き込まれずに済むのだ。  宙野がこっちに引っ越したのは先週のことだった。学校の中ではなく、ちょっと距離を置いた別荘だった。引越し日に手伝わせられた大変さは言わずもがなだ。  学校の裏ゲートから歩きで15分、山の麓に位置しているも、木々はたくさんあるから、簡単に見つかりそうはない。  もともとはいかにも幽霊とか妖狐とかみみしっぽうとかが出てくる山小屋だったけど、俺が大金をかけて山荘に改造した。それを彼女が学校を下見に来た時に見つけられ、問い質され、あっという間に彼女の物にされた。  やはり元お嬢様兼元アイドルは別荘が好きだなと思いながら、俺は彼女の領地に入ろうとする。  そしたらガーデンの方から女がざわざわするのが聞こえた。 「本当にでっっっっか〜〜いの。硬くてでかくて怖かったよぉ」 「初めてよね。痛かった?」  何やらいやらしい話してるかと疑いながら、俺は足を止め耳を澄ます。 「痛かったよ!耳が取れそう」  耳?どんなプレイだ? 「それ多分ラグビーだな。ホットドッグじゃないわ」 「ラーグービー?」 「スポーツの一種だよ。大勢の人たちがボールを追っかけるゲーム。確かに最近流行ってるね」 「食べ物じゃないの?」 「なんで食べ物が飛ぶのよ」 「確かに!食べ物を粗末にしちゃいけないもんね」  これはなんとつまらない会話なんだ。良くそんな話を続けられるんだな宙野のやつは。そして間違いなく、話し相手は子供よりも子供な千坂マルである。  宙野はきっと子供と会話のが上手だ。むしろ子供としか話がしない(俺を除いて)。 「向こうはちゃんと謝った?」 「うん。でもまたお姉ちゃんとお兄ちゃんに怒られそう……体を任された時いつも怪我するんだから」 「怒ったりしないよ。保証するわ」  自分より筋肉発達で身長の高い千坂の頭を撫で撫ですると、千坂(マル)は無邪気な笑顔になる。それは普段絶対に見られない怖しいと思える光景だった。  なにせ、6歳児が24歳の身体を操っているのだ。俺からすれば、それは子供が車、もしくは巨大ロボットに乗るような感じなんだろう。  いつまでも妙齢の女性たちの会話を盗み聞きしちゃいけない。タイミングを見計らって、俺は身を乗り出した。 「おや。マ〜〜ルじゃあないか。残念だけどそろそろお子様の寝る時間だぞ」  俺の声を聞くなり、マルはびっくりした兎のように椅子から跳ね上がり、見張った目にはお化けでも見たかって感じだった。正直子供を揶揄う趣味はないが、滅多にやってこない千坂に仕返しするチャンスを掴まずにいられなかった。 「全っ然!まだ真っ昼間ですし!お日様めっっっちゃギラギラですし!」  必死に可愛く反論してる24歳の姿から違和感という違和感が溢れ出てくる。  俺のこれから始まる「子供の遊びは一日1時間」というテーマのスピーチ発表を待たずに、マルが勝手にしょんぼりして弱音を吐いた。 「でもそろそろ交代の時間です……」  もう交代か。  それにしても、彼女にとっての「交代」というのは意思によって変えられるものなのに、マルの言い方では、まるでそれが抗えない絶対的ルールのように聞こえる。  トギとウチの貪欲さを責めたくなる。  大勢の人々に必要とされる2人が24時間を奪い合い、1秒の刹那も惜しむ。それでマルという小娘は大体のところ、よそで傍観するしか無かった。  せっかく彼女の時間が訪れ、まだ女子会と日向ぼっこを楽しみ切れていないにも関わらず、2人は家賃を要求する大家のように時間ピッタリと現れて身体を回収しようとする。まさに自分に優しく、他人に厳しくってやつだ。  しかし宙野はどちらかというと、マルじゃなくあの2人に傾くようだ。 「おつかれ〜マルちゃん。私は待つから。マルも慌てないで待っててね。面白い話たくさん集めて今度ゆっくり教えるからね」  マルは誕生日プレゼントを貰ったような笑顔を咲かせ、宙野をぎゅっと抱きしめた。  それがたったの何秒続いたのやら。  いつのまにか、明らかなトギの声がきっぱり発した。「楓、そろそろ仕事に戻る。またな」  彼女は宙野から手を離し、怪我していたところに当てて状況を確認する。耳辺りが赤くなったけど、血は出ていない。 「怪我、大丈夫よね」 「ああ。これだけで済むならむしろマルに感謝だ」 「怒らないでね」 「怒ったりしないよ」  そう言い終え、千坂トギが宙野の別荘を立ち去った。  俺に対する捨て台詞はなく、ただ通り過ぎた時に意味深な目付きを撃ち放った。「あの日のことを喋るな」みたいな意味合いしか取れなかった。 「どこまでも嫌なやつだ」 「誰のこと?」 「千坂トギウチだ」 「マルは嫌じゃないの?」 「そうだね。お前が引き取ったガキの誰よりも可哀想なやつだから許す」  宙野は否定しようとはしない。 「体に住んでるのに使用権はない。今は8歳だな。実際に人間として生きていた時間は一週間も足らないだろ?生きてもいないなら人格もない。人としての生き甲斐もない。人との付き合いもない。学校にも行けない。その体から逃れることもできない。ほんっとうに、俺でも惨めだと思い始めた。トギとウチを殺してあげたい気分だ」 「でもマルは言ったよ。自分が幸せだって」 「幸せ?笑えない冗談だ。人間とも呼べないただの精神の塊が幸せってのか」  意外そうな顔で、宙野は首を傾げる。 「あんたが幸せを語るとはね」 「うるせえ!俺は何でも語るわ!」 「まあ好きなだけ語れ。そう言えば来週マルからプレゼントもあるんだ。私の誕生日祝いに」 「来週か。忘れるところだったな」 「本当に……?」 「なんで覚えなきゃならないんだよ。てめえの誕生日パーティーに参加したわけでもない」 「じゃあ今回は参加してね。でも誕生日当日好きじゃないしね。悪い思い出ばかり。その次の日、6月3日にパーティーを開こうかな。この大きな家で。でもねーー誕生日プレゼントか。久々だよ。子供も集まってるし、みんな来てほしいな。今回のパーティーは絶対に忘れられない。まだ生きているうちにね」  生きているうちに……か。  道理で最近テンション低そうだ。また「28歳」の件を引き摺ってるのか。そうだね。自分の死期を知って、釈然とする人もいれば、オドオドして怖気が増しな人もいる。  宙野の場合は、両方かもしれない。 「そう言えばあの後、屋台に行ったか?」 「うん。でももういないよ」 「だろうな。俺も情報網使ったけど、見つからない。もうこの町にはいないかもしれん」 「それは残念ね。まだ色々聞きたいのに」 「そいつの言うことは別に聖書じゃないし」 「信用してないのか?揺るぎない証拠があるのに?」  揺るぎない証拠っていうのは、俺の親父と彼女の御袋の件だな。確かに2人とも28歳に死んだ。でもそれだけで証拠になるのか。 「当たり前だ!何故なら、ああいういい年して可愛いフリをする女は信用できないからだ!」 「相当彼女に気に入られた割に評価低いね。そういう女に傷付けられたことある?」  根も葉もないデタラメだ! 「あるわけないだろ!俺を誰だと思ってる!」  一回ため息をついて、俺も真剣にあの女の言葉を思い出す。  千坂の親は今は行方不明だ。  預言者の坊主は母から受け継いだ。その母は自分が8歳の時事故で亡くなった。  俺の親父は俺が7歳の時、事故死。  宙野の母は7歳の時、溺死。  全部合致している。  こんな呪いマジで信じたく無い。 「俺より1つ上だよな。本当に28に死ぬなら、葬ってやるよ。そう言えば千坂とお前、どっちが先だ?」 「それは聞いてないね。私よりちょっと先かも。つまり最初は私たちがトギたちの葬式に参加して、次は君が私の葬式に……それから頃葉(ころば)君が君の……いえ、君に葬式なんか、挙げられるのかな」  家族いないからな。 「何真剣に考えてんだ?馬鹿馬鹿しい」 「いずれやってくる運命なんだから、先に手配した方が安心でしょ」 「何が運命だ。俺は信じないぞ」 「あんたね……」 「そんなに信じ込んで、お前、ひょっとして生きたくないのか」  生きたくない。彼女に限ってそんな発想があるわけないと思っていた。  才能を活かしてあんな煌びやかな舞台に出て持て囃されていた。  思うがままに街のダークヒーローのように不正を懲らしめていた。  常人より何倍も濃い人生を歩んできた。 「私のこの身体では、ますます生きてる実感がなくなるような気がする」  痛みが感じられなければ、残りは全部幸せではないかって俺は思っていた。でも彼女は幸せを感じることも出来ないようだ。いや、感じないというより、どんなことが彼女に幸せをもたらすか、それすら分からないでいた。  彼女の言葉に悲しさも絶望も感じられない。彼女は心底から現在、そして将来を平気に受け入れた。俺から見ればそれこそ限りなく悲しくて絶望的なことだ。  しかしながら、もし最初から選択肢が並べられて、選択権を与えられても、彼女は間違いなく俺と同様に、この呪縛のような、人を欲張りにするような力を迷わず選ぶだろう。それが宙野楓だ。  そして俺たちはまた出会う。  戦う。  負ける。  虜にされる。 「もしそのときになって死ななかったら、もしくは誰かがお前の死ぬ運命を断つことができたら……」  何気無く俺は発問する。  「そんな人がいたら、私はその人に救われたのも同然のこと。生涯をかけて恩返しするわ」 「そうだね。そんな時が来たら、その人に、ご苦労さまって言ってやれ」  彼女は口を丸くして驚きの顔を見せてからゆっくりと背を向け、真っ直ぐに部屋へと踏み出した。山麓から夏らしくない涼しい風が吹くと、乱暴に彼女の髪とスカートを捲り上げる。  その無礼な風を懲らしめたいところだが、捉えようがないため打つ手もなく、俺はただため息を漏らす。  しかし彼女の考えもまた捉えられない風だ。乱された髪を整える気もなければ、踊るスカートを鎮める気もない。そんなことまで気にしてないようなら、俺のしょうもないアドバイスに返答する気も無論ない。  それでも諦めが悪い俺は喚く。「おい!また耳がおかしくなったかよ」  俺がそう言い出すと、彼女は俺たちの学校の方を指差す。 「私はそろそろ引退して、残りの人生を楽しんでみないかなあ。旅行も行きたいね」 「良いぞ。人生を楽しもう。俺の一番得意な分野だ。もし大学に行ってたらこれの専門家になるだろうな。ではでは、いきなりだけど、幸せの奥義教えてやろうか」 「いつそんなこと学んだの?それに幸せには見えないけど」 「いや。幸せだ。そもそも幸せとはっーー」  急に一陣の風が襲ってきて、テーブルの上の花瓶が倒れた。それが今朝水遣りされたから、多くはないが中の水がよりにもよって俺の方に来て、無慈悲にシャーツを濡らした。  俺のスピーチもそれで遮られた。  それがズボったようで、彼女は首を傾げて、風の中でカラカラ笑い始めた。  ……。 「例えば好きな人の笑顔が見れるなら、それが幸せさ」  その可憐な笑い声を運ぶ麓の風に吹かれながら、俺は小声で呟いた。  そしたら彼女は頷いてからそっぽを向き、何の返事もしなかった。まるで聞こえなかったようだ。
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